精神科女医の、統合医療のための試行錯誤
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ものごとは、らせんですすむ
今日、ボスと話していたら、「ホメオパシーで治療していた患者さんが、不安になった周囲の人に勧められて、ステロイドと抗生物質をたくさん使う先生のところにいっちゃった・・・」とぼやいていらっしゃいました。

「先生、過渡期は決意を試されるんですよ。ちゃんと天には届いていますよ」と返した私。
「わかってるんだけどねー。でも迷ったりするんだよね」

でも。実はものごとはらせん状にすすみます。
たとえば、ねじ。ねじにらせんが切ってあるのは、まっすぐに進めるためには、回転させないとまっすぐ入らないためです。
あと、鉄砲の弾。銃弾にも実はらせんが切ってあるそうです。これも、まっすぐとばすためには、実は回転をかけないといけないためです。

だから、まっすぐ寄り道をせずに進むのが最短、というのは実は幻想で、一見ぐるぐる回り道をしながら進んでいくように見える道が実は最短だったりします。
回転して進めば、多少の障害はつきぬけていくことができます。回転しないでただまっすぐ障害にぶつかると、自分の勢いではねかえされてしまいます。

という話をしたら「癒された~」とボス。
ま、こじつけではあるわけですが(^^)でも、これは本当なんです。


# by frei-geist | 2009-09-07 23:47 | コラム | Trackback | Comments(6)
同席対面五百生
「同席対面五百生(たいめんどうせきごひゃくしょう)」という仏陀の言葉があります。

同じ席をともにしている、それだけでも生まれる前に過去500回の生でご縁のあった
人、ということらしいです。

ほかの解釈では500回生まれ変わってようやく得た縁である、という意味もありました。
(ほんとうはこちらかも?!)

だとしたら、お世話になっている人、もしくは家族の縁ってどれだけ生まれ変わって
得た縁なんでしょうね!

慈受院 薄雲御所だより
http://jijuin.cocolog-nifty.com/jijuin/2009/08/post-4479.html

# by frei-geist | 2009-09-03 22:52 | コラム | Trackback | Comments(0)
恐れの本質
私の尊敬する先生が、ワークショップで言った言葉。

「使わなかった力が、悲しみとなって、恐れになるんです。恐れは、使えたのに使わなかった力なんです。もともと」

これには目からうろこでした。意外ではなく、その通りだ!!!!という感じ。
普段の診療の印象でも、まったくその通りというか。

正直、精神の病気の人はパワーがあります。たとえば過食症の人なんて、よくそれだけ食べられるな!!という感じ。胃の弱い私は、うらやましくすら思うことも少し。

それは本来、他のもっと建設的なことに使いたかった力であり、使ってよかった力であり、思い切り使われたかった力なんだろうと思います。

治療は恐れをまた使えるかたちにもどして、少しずつ使い方を思い出すことです。
でもそう思えば、希望が出ますよね。正しく使えばいいのですから。

色々考え込まずに、まずやってみることを繰り返してみると、だんだん自分の力がどんなものか、どう使えばいいか、わかってきます。

# by frei-geist | 2009-09-02 00:05 | コラム | Trackback | Comments(2)
私たちは選択している
いきなり硬い話で恐縮ですが、8/30、総選挙で民主党が大勝しましたね。
私も投票に行きましたが、今回の結果にはちょっとびっくりしました。

一番びっくりしているのは当の民主党の皆さんではないかと思います。
鳩山さんの表情が笑顔の中にもどこかこわばっているようにみえるのは、あまりの大勝ぶりに、引き受けたものの重さを感じていらっしゃるからでしょうか。
一夜明けた昨日は色々討論番組がやっていましたが、いつもなら野党が攻撃して自民が飄々とかわす、という展開なのが、自民の人たちも「野党慣れ」していないせいか攻撃というより普通に質問していて、答弁側に回った「元野党」の人たちも感情的にならずに中身を答えていたので、意外に脱力した、むしろ建設的な議論になっていて、なんだか笑えました。いや、笑うところではないわけですが。

私たちに必要な態度は、追及とかではなくて、普通に話すことかもしれません。
古いシステムは私たちを今まで守ってくれました。でも確かにもう、「消費期限」が来ているんだと思います。
新しいものは海のものとも山のものともつかないリスクはある、でも変化への希望を含んでいます。

もちろん今後政治の何がどうなるかはわからないものの、今回、私たちは「参加して」「選択した」のだと思います。
それまで、自分ひとりが一票を入れても変わらない、だから行ってもしょうがない、と思っていた人たちも、「とにかく今のままでは困る!!」という衝動から、投票所に行ったのでしょう。
ほんとうに何かが変わるのは、人がこういうやむにやまれない衝動から動くときであって、得な結果を考えて動くときではないと思います。

で、こういう「純粋な」衝動があるときは、普段とらない行動もとれるんだ!と気づきます。
けれど、それは本当は普段でもとることができるんです。とれない、と思っているだけで。

私たちはいつも「選択」しています。
やろうと思えばやれるのに、できないと思いこんでいるだけのことはとても多いのです。

私たちは「結果」は選択できません。私たちが選択できるのは「行動」だけです(あ、あと「思考」も実は選択できるのですけども)。
でも自分に一番しっくりくる行動を選べば、結果はおのずと定まります。一見うまくいかないようにみえても、次の展開への種を含んでいるのです。
選ぶのは、本当は難しくありません。目の前のみかんをとって皮をむくくらい簡単です。違うと思ったら、またその時点で選びなおせばいいだけです。

選べない、自分はイヤだけどこうするしかないんだ、そうさせられているんだと思い込んでいる人は、「選ぶ筋トレ」が必要かも。自分が気のすすまないことをなるべくやらない、やりたいと思うことはなるべくやるようにしてみるのが「選ぶ筋トレ」です。昼ごはんとか、カフェで頼む飲み物とか、可能な範囲からしてみるとグッド!いかに自分が自分の希望をちゃんと把握していないかわかるでしょう・・・(おなかいっぱいなのについケーキ頼んで後悔、とか。)。
でも、繰り返しているうちにほんとうに自分の望むものを選べるようになります。

正直、うつの予防におすすめ。
うつになる人はやりたいことをがまんしすぎて、ほんとうにやりたいことが意外にわかっていないものです。がまんしすぎて、なんだかわからなくなって、あるいはようやくやりたいと思うことをやったのに、思ったのと違っていて、うつに・・・というパターン。
「やりたいことがあるのにできない・・・」っていうけど、やってみると意外に「これ全然やりたくなかった、ハハ♪」ってことがけっこう多いものです。それはそれでトホホと思うけど、後悔なく先に進めます (笑)というわけで普段から意識して選択することは、自分とつながる練習になるのです。

話がずれましたが、選択に参加しましょう!と言いたかったのでした。


# by frei-geist | 2009-09-01 23:28 | コラム | Trackback | Comments(4)
ブログ引越しました。
どうもココログのデザインや使い勝手にうまくなじめず、前ブログより心機一転ブログ移転してみました。
古巣のエキサイト。どうもエキサイトブログはスキンが好きなので落ち着きます。というわけでミクシ日記もこちらにリンク変更します。

書きたいことを素直に書いて行こうと思います。



# by frei-geist | 2009-09-01 00:21 | Trackback | Comments(0)
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