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こころの真昼、 魂の真夜中
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# by frei-geist | 2010-12-08 20:35
零枚の原稿と、清掃と、鶴の祈り。【書評】「原稿零枚日記」(3)
前エントリより続き)

 私が研修医の頃、いくつかの精神科単科の病院でアルバイトで当直をしていた。その中でもとりわけクラシカルな精神病院で、ある時患者さんの発熱で病棟に呼ばれた。
 診察と指示をしたあとに、長期入院の患者さんたちに呼び止められ、少し話をした。
その中の50代くらいの一人の男性が、「あちこちが調子が悪い。腰も痛いのですが、院長先生の回診で言ったほうがいいですか」等心気的な感じでつらつらと訴えを言った。「調子が悪いのなら、先生に言ってもいいのではないですか」と言ったら、次の回診は実は来月なのだという。どうやらその病院では、当時慢性期病棟の回診は月1回くらいしかなかったらしく、たった5分ほど聞いていただけなのに、その患者さんは「こんなに長く話をきいてもらったのは初めてです。ここには9年、前の病院には16年入院を・・・」と言って泣きだしてしまった。 

 まだ若くて未熟な研修医だった私が、ただただ戸惑って言葉につまっていると、別のもう少し若い男性患者さんが、「先生、これあげるよ」といってタバコのフィルター部分で折った折り鶴をくれた。
 タバコの根元の部分の紙なので、本当に小さな小さな鶴だった。1cm立方くらいにすっぽりおさまるくらいのもので、大量の抗精神病薬を服用して手もよく動かないだろうに、よくこんなに器用に折れるものだなあと感心した。「本当にもらっていいの?」と聞いたら、「たくさんあるからいいんだよ」とお菓子の箱に入った大量の小さな鶴たちを見せてくれた。私は小さな鶴を手のひらに乗せて、当直室へ戻った。
 長期の入院で暇のある患者さんがそういうような「創作」を行うことは時々ある。多くは妄想的な絵や同じ言葉の羅列のような詩や文章が多いので、他者から注目されることはあまりない。彼の鶴はとても器用にできているほうだったが、おそらくスタッフからは、また鶴を折ってるわよ、何かの妄想かしらというようにみられていたのではないかと思う。若かった私は、彼の叶えられなかった願いの数が鶴の数なのではないか、などと思ってちょっと感傷的になったりした。
 
 「零枚の原稿を書く」のも、汚れていないシャツを洗い続けるのも、タバコのフィルターで鶴を折り続けるのも、同じように社会的には何の生産性ももたらさない。しかし、それらの行動はやはり何らかの努力のあらわれであり、ある種祈りでもあるのではないか、と思う。 
 たとえばそれらの行為が、何らかの物質的、金銭的な価値を生むかというとまず生まないだろう。精神的な価値でさえ、見出すつもりがなければ見えないだろう。しかし深海魚のように普段の私たちの生活から見えない存在も、また深海の底で生きて呼吸をしているように、彼らは彼らの置かれた立場において可能なことを一生懸命していて、見る気をもって見ればそこにまた意味があると思う。

 「衝動」は本来「表現」に向かう本性を持っているのだろうと思う。「衝動」が「表現」に向かうことが妨げられたとき、あるいは間違ったやりかたで向かってしまったとき、病気の種がまかれるのではないだろうかと思う。
 彼らの表現された行為は、ある種回復への祈りでもあり、周囲の人間がひとりも気づかなかったとしても、神様がいるならばきっとそこに届いているだろう。でもできるなら、治療者は、少しでも神様の目線に立ってといったらおこがましいけれども、それらの行為の意味を見出して、彼らの努力を地上で活かせる方向を考えてみる、という姿勢が必要ではないかと思う。

 彼の小さな鶴は私という未熟な一研修医に強い印象を残した。この人たちにもう悲しい思いはさせまい、この人たちが自由になるために自分は働こう、と願い、その決意のしるしとして、その小さな鶴を机にしまった。
 もし、それ以来、私は患者さんたちの社会復帰運動に携わっています、ということであったら彼の鶴も浮かばれただろうけれども、残念ながらそうではない。5年くらいそれを大事にとってあったのだが、段々と仕事にも慣れ、人の話を聞き流すのがルーティンになっていき、最初の決意が薄れていったせいか、ある時なくなってしまった。不甲斐ない私を見切って、鶴は天へ飛んでいったのだろう。鶴がいなくなってから、私は病院の仕事で疲れ果てたり、喘息になったり、色々な分野をさまよってみたり、と糸の切れた状態で数年間ダッチロールしていたが、徘徊にもまた慣れてきてしまった。

 私がフィリップ・ピネルのように、あの患者さんたちにまた出会い、彼らを誇らしく病棟から解放することは、今後もないと思う。それはおそらく他の素晴らしい先生たちが私より早く、立派に行うことだろう。私は何の見える結果も出してはいないけれど、目指す方向は、そう変わらないと思う。私の“原稿”もまた見えない、零枚のままだけれども、でも、書いている、と言える。私に何か具体的にできること、行うべきことがあれば、あの鶴は変容した姿で戻ってくる気がする。それまでは零枚でもいいから原稿を書き続けていよう、書こう、という気持ちだけは持っていよう、と思う。そのうち誰かが見えるものに仕立ててくれるかもしれない、そんな気でいる。

(おわり)
# by frei-geist | 2010-11-03 15:38 | 書評
零枚の原稿と、清掃と、鶴の祈り。【書評】「原稿零枚日記」(2)
前エントリより続き)

 懸命な努力が、社会に称賛される結果という意味では実を結ばないことは多々ある。しかしそれはやはり努力なのだろうと思う。

 先日、月1回相談に行っている知的障害者の作業所で、50代の男性の利用者さんの相談を受けた。
若いころから小さな工場でずっと雇用されていて、旋盤を使って部品を作っていたが、数年前に機械化されてからは、彼にできる仕事はあまりなくなり、清掃係として作業着の洗濯や工場の清掃などをやっていたのだという。先代にはかわいがられていたようだが、折しもの不況でついに去年解雇された。もともと働いていたので、何とかもう一度就労につなげたいと作業所スタッフは思っているのだが、作業の際に間違いを指摘すると口答えをする、面接で想定外の質問が出ると即座に「できません」と言うので落ちてしまう、もうちょっと協調性をもてないだろうかという相談だった。

 日常生活を聞いてみると、判で押したように同じ生活サイクルをしている。作業所には一定の割合で必ずそういう人がいる。毎日同じ時間に家を出て、また帰宅する。作業所の帰りにはスーパーで必ず乳酸菌飲料を買う。理由を問うと「ミルミルはからだにいいからです」と言う。決まった日に書店に行き、鉄道雑誌を定期購読している。日曜日はプールに行く。「水泳はからだにいいからです」と彼は行動の理由を語る。
 したい仕事はありますか?と問うと、「清掃の仕事がしたいです」と語る。しかし、ご家族に聞いてみると、彼は一生懸命やりはするが、ごみや汚れが残ったままであったり、どこまでやればいいのかよくわからないようだ、若いころから掃除はあまり得意ではなかった、という。
 それに、と彼の家族が言うには、「最近兄のお金遣いが荒いのです。それも、乳製品を大量に買ったり、業務用洗剤を大量に買ったり、よくわからないものをたくさん買っているのです」という。スタッフも、「そういえば去年は手の皮膚がぼろぼろで、皮膚科に行ってもらったのです。最近よくなりましたけど」と言う。

 彼に「洗剤で何をしているのか」と聞いたら、「服は業務用洗剤でまず汚れを落としてから、普通の洗剤で洗うのです」と言う。「トイレはこれこれの洗剤でまず洗ってから、これで拭いて掃除をするのです」と説明してくれた。
 よくよく聞いてみると、彼は以前会社にいたときに他の従業員の作業服を洗っていた洗剤を使い、同じ手順で自分の服も洗っているようだった。また、トイレ清掃に関しても、会社にいたときに習った通りに行っているらしい。
 何となく、解雇された今も、彼は清掃係を務めているつもりなのではないか、という気がした。手の皮膚をぼろぼろにしてまで大して汚れてもいないシャツを業務用の強力洗剤で洗い続け、判で押したように「清掃の仕事をやりたいのです」と答えるのは、他の選択肢がなかったことと、何らかの「良きこと」、または社会的な活動をしていたいという衝動がこういうかたちであらわれているのかもしれないと思った。
 会社時代に教えられた清掃の手順を彼が続けているのは、一度教えられた流れを容易には変えることができない、ということであり、逆に言えば、それを忠実に守っていくことができる、ということでもある。他の手掛かりを考えてみると、乳酸菌飲料を必ず買うのも、日曜日にプールに行き続けているのも、誰かが「それはいいことだ」と教えたからだろうと推測した。作業で間違いを指摘すると口答えをする、というのは、初めに教えた人の手順を踏襲していて、本人はそれを説明しようとしているのではないかと考えた。

 未だ「清掃係」を遂行中の彼のモードを切り替えるには、「上書き」をする必要がある。清掃はやはりクオリティを問われるので、いかに一生懸命やろうと彼は清掃には向いていないと思われる。彼の場合はよくよく聞いてみると、他に明らかに得意な分野があったので、そちらを伸ばす方向で就労支援センターの訓練に行ってもらうことを提案してみた。ここでも彼は即座に「できません」と答えたが、「『やってみます』と言ってみるのはどうですか?」と聞いてみたら、また即座に「やってみます」と答えた。スタッフには、作業や行動などを修正したほうがよい場合には、できていないことを指摘するよりは、最初から正しい手順を1ステップずつ示して「上書き」をすることを勧めて、スタッフもその方向でやってみます、と言ってくれた。

 退職後に彼が自宅で人知れず続けていた「清掃作業」は、社会的には何の意味もないととられてもおかしくない。公園の掃除などであれば「感心な人」と言われたかもしれないが、自宅で汚れてもいないシャツを強力洗剤で二度洗いするのは、あまり合理的な行為とはいえない。けれども、それらは本当に無為で無駄な行動でしかないのだろうか?

次エントリへ続く)
# by frei-geist | 2010-11-03 15:37 | 書評
零枚の原稿と、清掃と、鶴の祈り。【書評】「原稿零枚日記」(1)
 小川洋子「原稿零枚日記」を読んだ。小川洋子はもともと好きで、誰もがどこかに持っている日常からの逃避の本能、というか、当人なりに一生懸命生きているのにどこかずれていく、というような過程を、美しく硬筆な言葉で淡々と描写していく作家だと思っている。彼女の視点は、いつもどこか観察記録のように冷静で、時に冷酷なほど涼しげなのに、どこかいつもひとひらの温かさがある。

 今回の「原稿零枚日記」は、寡作な中年の女性作家が主人公である。
独居で、母親がいるが、意識障害のまま入院を続けている。近所の小学校の運動会に潜り込んで見学するのが唯一の趣味で、物語をあらすじにするのが唯一の特技である。彼女がまとめるあらすじは人を引き込む力を持っていて、あらすじ作成では一定の評価を受けている。あらすじ教室の講師を務めている。原稿が書けず作家としての活動がままならないので、役所から何らかの支援を受けているらしい。生活改善課の担当職員が月に1回やってくる。彼女が自分の日常を記した26日分の日記という形で物語が進行していく。

 しかし、彼女の原稿は、遅々として進まないのである。代わりに彼女にとっては日常である、奇妙な非日常的異界が展開されていく。苔料理専門店に迷い込んだり、近所の運動会に潜り込んで借り物競走に出たり、有名作家から最後の願いとして頼まれてあらすじを読んだりしている。そして原稿はいつも零枚なのである。
彼女自身は原稿を書こうと取材をし、努力をし、日常を懸命に生きているつもりでいる。ただ、懸命に、地味に、普通に生きようとするほど、日常の少しわきにあるねじれた異界が口を開けて、彼女を追いかけてくる。

 日常的なものからずれて生きている存在たちへの、著者の視点はあくまで優しい。この本には深海の生物の生態がいくつか出てくる。チョウチンアンコウやドウケツエビなどちょっと摩訶不思議な生態の生物たちなのだが、主人公の「私」も限りなく深海の生物のような「異形」感に満ちている。しかし、日常を必死にやりくりする世間の人たちも、深海の生物のように意味不明な行動をしている彼女も、同じように、自分の生を、ただ生きようとしているのである。
 著者はNHK BSの週刊ブックレビューのインタビューで、「この人は零枚の原稿を書き続けているのかもしれないと、書いているうちに、思えてきたのです」と語っていた。

次エントリへ続く)
# by frei-geist | 2010-11-03 15:35 | 書評
ツイッターレシピ・和風ムサカ
先日、韓国風肉じゃがを作ろうとふと思い、ネットで調べてみたら、レシピがてんでばらばらなので、ツイッターで「こんなばらばらなものを韓国風肉じゃがとひとつの名前で呼んでいいのだろうか?」とつぶやいてみたところ、「それはたぶん”和風ムサカ”と同じようなナンセンスネーミングでは?」というメンションをM先生からもらいました。
そこからなぜか和風ムサカ食べてみたい、和風ムサカがあったら・・・という(妄想的)レシピ作成がツイッター上で続き、先週ついに作ってみたのでご紹介します。




和風ムサカ

(肉みそパート)
豚ひき肉300g
味噌大さじ2-2.5
酒大さじ2
砂糖大さじ1弱
干ししいたけ3枚
長ネギ1/2本
しょうが ひとかけ

(ホワイトソースパート)
絹ごし豆腐 1丁
いりごま大さじ3 (ねりごまを使ったほうがいいかも)
白味噌大さじ1
牛乳 70cc
片栗粉 小さじ2
とろけるチーズ 大さじ2-3

(フィリング)
なす 小3本
ジャガイモ 小3個

(トッピング)
とろけるチーズ カップ1/3くらい
万能ねぎ 少々

1) 絹ごし豆腐は水切り。キッチンペーパーで包んでレンジで3分。そのあと皿などの重しをのせて1時間くらいおく。

2) 干ししいたけは水で戻して、長ネギとみじん切り。じゃがいもは5mm程度の薄切り。なすも同様に切る。しょうがはすりおろす。

3) いりごまはフードプロセッサでひく。

4) じゃがいもはレンジで3分加熱。なすは油であらかじめ炒める。

5) 肉みそをつくる。おろししょうが、豚ひき肉、干ししいたけを油で炒め、肉の色が変わったら長ネギを入れて炒める。味噌・酒・砂糖は合わせておく。肉に火が通ったら味噌等を入れて炒め、水分をとばす。

6) ホワイトソースをつくる。水切りした豆腐を裏ごし(実は茶漉し的なもので適当につぶしただけ)し、ひいたいりごまをよくまぜる。鍋に、豆腐、ごまをいれて加熱しながら、片栗粉を溶いた牛乳を少しずつ混ぜて木べらで練る。とろみが出るまで。最後にチーズを少しずつ入れてよくとかす。

7) 耐熱容器になす、肉みそ、なす、じゃがいも、肉みその順で重ね、最後にホワイトソースを重ねる。その上にとろけるチーズを表面を覆うようにかける。

8) 180度のオーブンで20-30分焼く。上に万能ねぎのみじん切りをかけて、できあがり。



正直料理が特別得意でもないので分量と調理法はかなり適当です。アレンジしてください。
しかしホワイトソースが注意です。豆腐の水切りをよくしないと水が出ます。私は少し水が出ちゃいました。
あと、手元にねりごまがなかったのでいりごまをひいてしまいましたが、絶対ねりごまのほうがおすすめと思われます。
オーブンの時間はチーズに焦げ目がつくまで、20分くらいでいいかと思いましたが結局30分かかりました。もっと温度高くてもいいのかも。

味は、肉みそと豆腐ホワイトソース、チーズが意外に合います。まあ、普通のムサカでいいかな、という方以外におすすめ(笑)

こうやって、今まで世界になかったものが協力して創造されていくのって超楽しいですね(大げさ)。M先生、H先生、ありがとうございました!


# by frei-geist | 2010-11-03 15:22 | ひとりごと
薬 x 言葉 = EBM + 陰陽道 (2)
(前エントリより続き)

以来私は薬物療法にとても関心を持つようになった。ほんとうは創薬に携わりたいと思っていた。
ポール・ヤンセンという化学者がいる。今は大企業のヤンセンファーマの創立者である。
ヤンセンは1957年に抗精神病薬ハロペリドールを創ったのみならず、1986年にはピパンペロンから非定型抗精神病薬リスぺリドンを創出した。精神科医しかわからなくて申し訳ないけれども、この2剤がどれくらい精神科薬物療法史に大きな飛躍を生んだか、言葉で語れないくらいである。この2剤を世に出したヤンセンは、若い頃の私にはほとんど「ネ申」降臨だった。

ピパンペロンという薬はもはや絶滅寸前なのだけれど、不安焦燥を伴う軽い妄想には副作用も少なくかなり穏やかにおさめてくれる優れた薬剤だった。私の指導医たちはピパンペロンをほぼ「愛して」いた。ここでは詳しくは書かないけれどもkyupin先生のブログに詳しい。
ピパンペロンの副作用の少なさや有用性に着目して、幻覚妄想により効果を強めたリスぺリドンを創りだしたことは、ほんとうに炯眼だと思う。ヤンセンは、化学物質に関して優れた目をもった人なのだろうと思う。1つの発見は偶然でも起きるが、2つ目の発見は優れた観察がなければ起こらないと思う。

最近の薬はこういう観察から入ることなく、何とか基を少しいじって副作用が10%減りました、効果は同等です、というようなものが多いような気がする。ひとつのグループにずらりと同効薬が並ぶ。こういうのを" Me too drug "と呼んでいる。あまりにも「ま、このへんでウチも出しとくかな」なMe too感があふれた薬は使ってみてもなんとなくイマイチである。Chemistにはぜひもっとがんばってほしい。
でもMe too drugsですら、精神科のような繊細な領域にはやはり感触の差があって、やはり君は世に出るべくして生まれてきたのだね!と思うことがある。選択肢が多いのはややこしいけれども、やはりないよりはいいことだと思う。薬だって人間と一緒だ。生まれてきたからにはなにか輝く立ち位置があるはずである。その質をいつも知りたいと思っている。

「頭とハサミは使いよう」というけれども、精神科医にとっては「言葉と薬は使いよう」である。というか、その2つしか通常の病院診療ではツールがないのである。もっとあったらいいのだけれども、通常はその2つの「不器用な武器」の使いようを地道に磨いていくしかない。
薬は副作用もあるし、不便で不完全なアイテムである。特に人間の精神に対しては、繊細な織りの入った和紙の上に大きなペンキの刷毛で書を描くような、いらいらするほど大味なものでしかない。けれども、今ある道具を使うほかない。書きたいものに合わせて少しでも近い刷毛を選んで、細心の注意を払って書く努力をするのが、こちらの仕事である。
上記の患者さんのように、人間の精神はそれが活動するための物質的な基盤というものは、やはりある。そして、その人の精神が再び輝き出すために、脳および体の状態の微妙なバランスを調整するには、繊細に感じ取ろうとする努力と謙虚さ、その人の精神と身体への敬意が必要である。さらに言えば、治療の道具として使われる薬自体への敬意があったらいいと思う。それがあれば、いい加減な使い方にはならないはずだ。イチローがグラブを、音楽家が楽器を大事にするのと同じことだと思う。

EBM、Evidence Based Medicineは、その治療や薬が、色々な人に平均的にどのような実績をなすことができたか教えてくれる。若くて経験が限られているが、日々の患者さんの少なくとも安全を守らなければならない医師にとっては、転ばぬ先の杖のように「無難な」治療を教えてくれる。
でも目の前の患者さんにとって何が最短で最善の道かは、Evidenceも含めた知識も総動員した上、五感もフルに働かせてその人の状態を感じ取り、薬の持っている「性質」も感じ取るようにして、個別に考えて判断する必要がある。それが医師の真の「裁量」であり「匙加減」だと思うし、良医は必ず、この薬はこういう状態の人にいい、という印象を自分の経験の中に蓄積している。
EBMは大きな意味があるけど、もし治療の手順がどんな人にも同じように標準アルゴリズム化して、それ通りの順序と時間で行わなければならないという縛りができたら、治療というものは行う側も受ける側にとっても、かなり厳しいものになるだろうと思う。実際ヨーロッパではEUの成立にともなって、そういう標準化の動きもあるようである。

急に怪しげな言い方になるが、「陰陽師」にたとえると、私は(少なくとも精神科医にとって)処方箋は「式神」だと思うし、言葉はまさに「呪(しゅ)」だと思う。
式神はその式神の質を把握して効果的な場面で飛ばす必要があるし、それすらも「呪」による”場の設定”次第で働き方も変わってくる。薬と言葉は相乗的な効果を持つ。だから言葉にも気をつけなければいけないなと思う。薬は物質だから、誰が出しても忠実に同じ動きをしようとするけれど、働く”場”は人間の中である。人間の精神は言葉や感情によって影響も受けるから、同じ薬でも”場の設定”次第で、効果も違ってきてもおかしくない。
ポール・ヤンセンは陰陽師だったのか?まあたぶん違うでしょう。でも事物をよく観察して性質を知ろうとした点で、真の科学者だし、一種の錬金術師だったかもしれないとも思う。ドクター(特に若いドクター)や薬剤師の皆様、化学者の方々はそれくらいのMagicを扱っていると思ってやってほしい、気がする。

ある代替医療の治療家が、「医者は名誉の廃業をめざすべきだ」と言っていた。要は、治療する病気がなくなるくらいの世を目指せということだ。知り合いの歯科医からその言葉を聞いたときに、私自身はその通りだと思った。内科がなくなったら皆が困ると思うけど、精神医療は、なしでやれるなら、ないほうがいいと思っている(現にイタリアでは長期入院をさせる精神病院はなくなった。)。だから、今後その時が来たら、いつでも違う仕事に移るつもりはある。
最近、精神医療の排斥キャンペーンをちらほら目にするが、これらは精神医療における薬物療法の害を主に主張しているようである。それはまったく指摘の通りの現状である。ただ、精神科にかかろうと自ら思うくらいに追い詰められた人たちに、代わりに何をすることができるのか、その議論はあまりされていないようだ。

とにかくまずは価値判断なしに、その人が懸命に生きてきたという、そのこと自体に耳を傾けること、そのことだけでもその人はかなり救われる。誰でも皆不完全だし誤ったこともするから、批判はしないで、まずはその人がしている努力について、聞いてほしい。薬は医者しか使えないけれども、言葉の力は、もちろん精神科医だけのものではない。誰でも平等に使うことができる。言葉を、「呪い」にするか「救い」にするかは、ほんとうに選べるのである。
世の中のすみずみまでそんな力が満ちて、精神科の看板を下ろすときが来たら、私は喜んで次の職を探す用意ができている。第一候補は占い師か陰陽師。似たようなものかと思うので、転職しやすいかな、と(^ ^;)。


# by frei-geist | 2010-09-04 12:45 | コラム
薬 x 言葉 = EBM + 陰陽道 (1)
研修医だった頃、指導医について薬物療法を学んだ。似たプロフィールの薬が大量にあるので、最初は本当にわけがわからなくて、まるで大量の外国語の単語のようだった。たまたま私の指導医たちは、経験豊富でしっかり薬物療法の体系ができている先生たちだったのと、チェックはしつつも「やってみたら?」と言ってくれる人たちであったので、割と早い段階からおそるおそる自分で処方を考えた。抗不安薬一つ出すのに、胃が痛くなるほどどれがいいか考えて、出したあともこれでベストだったのかどうか、本当に悩んでまた胃が痛くなった。

処方は実際使ってみるのが一番勉強になる。一番参考になるのは患者さんの表情で、合っているときは必ずやわらぐ。顔色も状態が悪い時はグレーに淀むけど、バラ色の輝きが出て、澄んでくる。声をかけたときの患者さんの一瞬の反応とか、体の無意識の動きから緊張が抜けてきて、話す内容や声のトーンが穏やかなものになるなどの変化がみられる。こういう判断は、別に医師だけが判断できる特殊能力ではなく、誰でも観ればわかる、ごく当たり前の能力である。検査値を読むのはトレーニングがいるけれど、精神的な回復はだれでも観て明らかなものである。

私が研修医の頃、ある中年の女性が、激しい興奮と被害妄想で入院してきた。私を罵り、暴れてひどい状態だったのだけれども、ハロペリドールという薬を処方してわりとすぐに被害妄想と興奮は治まり、穏やかになった。彼女はたぶん若い頃から病気自体はあったと思われたのだが、そう大きな問題にならなかったので、今回人生で初めて病院を受診し、初めて薬を飲んだ。ご主人がとても穏やかに彼女を見守ってくれる方だったので、ほどなくして退院となった。
その人が私の初めての外来患者さんとなった。入院中は毎日診れるので何かあったらすぐ対応できるけれども、外来では患者さんは帰ってしまう。次に来るのは短くても1週間後なので、病棟とはだいぶタイムスパンが異なる。デビューしたての若い医師にとってはかなりこわいものである。
その人は退院して1か月ほどは穏やかな状態で「特にかわりありません」と語っていたのだが、2ヶ月目に入るくらいから表情が険しくなってきて、私の問いかけへの答えもとげとげしくなってきた。そのうち「私の家を監視されてる」「主人に女がいる」等語りだしたので、これは再燃している、まずいなと不安になった。薬の量が足りないのかと思い、私はかなり焦ってセレネースを毎回増量したが、彼女の被害妄想と混乱はだんだんとエスカレートしていった。
3ヶ月目くらいになって、彼女はご主人と一緒に受診した。彼女はひとしきり被害妄想を語った後、混乱してわっと泣きだして、「実はお薬を飲んでいなかったんです」と告白した。今思えば恥ずかしいけれども、私はてっきり彼女は薬をきちんと飲んでいると思っていた(つまりそれだけの信頼関係があると思っていた)ので、薬の量が足りないと思って焦って増量してしまったのだが、単純に怠薬していたのである。ご主人は「私もてっきり、飲んでいるものだと思っていて・・・」と言った。

患者さんというものは、案外薬を飲んでいないものだ。それを私は彼女から学ばせてもらった。病棟ではスタッフがチェックするから飲んでいないということは(たまにしか)ありえないので、全く想定していなかった。
外来という場は難しくて、もっと自由度が高いし、医師と患者の心理の間である種のダイナミクスが起こる。慣れた今ではそれがむしろ楽しいし力に変えることもできるけれども、当時はただ想定外のことが起きるのが不安で仕方なかった。

彼女になぜ薬を飲むのをやめてしまったのか聞いたら、舌がもつれる気がする、何となく頭も働かない、ということだった。ハロペリドールの副作用である。
ハロペリドールは安全で良い薬だけれども、患者さんによっては副作用が出る。副作用が少ないとされる非定型抗精神病薬は、今でこそたくさんあるが、私が研修医だった10年ほど前は、デビューしたばかりのリスぺリドン1種類しかなかった。日本では誰も経験がなかったし、どのような薬か知るには、使ってみるしか方法がなかった。
ハロペリドールのまま量を下げてもう一度飲むように言うか、未知の新薬リスぺリドンにするかの選択を迫られた。私はリスぺリドンを使ってみることにした。「副作用が少ない新しいお薬が出たから、こちらのほうがいいかもしれません」と彼女とご主人に伝えて、おそるおそる少量を処方した。
次に彼女が来るまでの一週間は不安でたまらなかった。もし何か未知の副作用が出たらどうしよう、彼女は医療不信になってもう病院に来なくなるのではないか、と恐ろしい思いでいっぱいだった。他者の体に何かの介入をする、というのは基本的にものすごくこわいことだ。それが医師の仕事なのであるが。

次の受診で、彼女の名前を呼んだ時、また諸々の不安が胸をよぎった。彼女はまたご主人と診察室に入ってきた。
彼女は私に向かってにこやかに笑いかけた。その表情は、見違えるような穏やかさに満ちていて、ちょっとびっくりするほどだった。「なんだか落ち着いてきました。夜も眠れるようになったし。」と彼女は語った。妄想については、「少し心配だが、前よりは気にならない」と言った。ご主人も彼女と同じ笑顔で「今のお薬のほうがいいみたいです」と言った。
その後のフォローでも彼女の笑顔はもっと増えていった。穏やかな日々がまた戻り、受診間隔も2週間、1カ月と伸びていった。「今のお薬なら飲めます。先生のおかげです」と彼女は語った。

鬼のような形相で私を罵倒した彼女が、平和な生活を愛する主婦に戻った。素の彼女はかわいらしい人だった。私に対していつも「忙しくて大変ですね。先生も体に気をつけて」と気づかってくれた。私は病気になった時点の彼女しか知らないけれども、もともと彼女はそういうpeacefulな人だったのだろう。あのとき彼女が怠薬を告白しなかったら、薬を変えなかったと思うし、彼女の平和な一面は長く出てこなかったかもしれない。医師は元気なときの患者さんを通常知らないから、「まあこんなもんだろう」と思ってしまいがちである。

薬。それは何てすごい力。そして何て恐ろしい力。選択しだいで、良くも悪くも人格まで変えてしまうように見える。医師なら必ず経験している平凡な一経験だけれども、若くて未熟な小心者の研修医には、強い印象を残した。

(つづく)



# by frei-geist | 2010-09-04 09:18 | コラム
Burma, A Forgotten Country : 「ビルマVJ 消された革命」 (2)
(前エントリよりつづき)

短い旅の間でバガンに行った。バガンは40km四方に3000ものパゴダが点在している世界三大仏教遺跡群のひとつ。
シュエサンドー・パゴダの上から夕暮れを観た。ひたすら静かな夕暮れ。



馬車でパゴダ群を回った。ひたすらのんびり荷台にゆられる。御者のウェンゾーさんは英語が上手で穏やかな人だった。


パゴダの名前は忘れたが、夜にあるパゴダを訪れた。濃い闇の中で金色に浮かび上がるパゴダは、夢の中のような光景だった。
14歳くらいの少女が話しかけてきた。流暢な英語だった。どこから来たのか、何歳か、なぜミャンマーに来たのか、これからどこへ行くのか・・・私たちは互いについてひとしきり話した。
「私は外国へ行けると思う?」と彼女は聞いてきた。それだけ英語が上手けりゃ、いつか行けるでしょ、と私は何気なく答えた。彼女は私をちらりと見て、それ以上何も言わなかった。この時は、まだこの人たちが置かれた政治的状況について考えることもしなかった。


ヤンゴンに戻ってきた。ヤンゴンではどの車もめちゃくちゃ古い。20年物とかはまだ新しい部類に入る。30年前のバスとかが人をドアからはみ出すくらいまで乗せて走っている。バゴーまで行くタクシーの中で聞いたのは、15年落ちくらいのダットサンは700万円くらいするのだと。「日本だったらお金を払って廃車だよ」と言ったら、政府が関税をかけているのだそうだ。それでも車があれば安定した商売ができるので、皆でお金を貯めてなんとか買うのだという。
道路ではいくつか検問があった。銃を持った兵士がドライバーのチェックをしていた。町と町の間の荒れた土地では工事をしていて、ドライバーは「あそこで働かされているのは、囚人だろう」と言った。


シュエダゴン・パゴダを夜に訪れた。ヤンゴンで最も大きな、美しいパゴダだった。闇に浮かぶ有名な観光地なので、英語を話すガイドがいて、3ドルくらいでガイドしてくれた。彼も静かで英語の上手な人だった。彼が「ミャンマーの人たちはフレンドリーでしょう」といったので、激しく同意した。
ミャンマーで私は一度も危ない目には遭わなかった。たまたま運がよかったのかもしれないが。バガンではレストランはどこかと聞いたら意味が通じず、4人くらいのおじさんが集まってきて「はて・・・」と考えてくれた(結局ビルマ語で「タミン(ごはん)」と言ったら通じて、おお~と喜ばれた)。ヤンゴンでも市場付近に少し怪しげな人がいただけで、移動も食べるものも困らなかった。治安もよかった。みな親切だった。

そう、確かに悪い人はいなかった。町の中には。悪い人は、みえないところにいたのだろう。

ビルマVJには、全くの丸腰の無抵抗の僧侶や市民が、兵士に殴られたり銃で撃たれる光景が収められている。驚くほど武装も抵抗もなく、ただ撃たれるだけで、兵士の暴力よりもむしろ市民の丸腰ぶりのほうにかなりの衝撃を受けた。軍政が市民が抵抗できないよう教育レベルも低くしているとも聞くが、それ以上にもともとpeacefulな人たちなのではないかと思う。

あの宗教的な穏やかさに満ちた美しいシュエダゴン・パゴダでも、暴力的鎮圧が起こった。僧侶も一般の人も殴られてトラックに放り込まれ、命を落とした。パゴダで座って、祈りを捧げていた僧侶も含めてである。ヤンゴン周辺の僧侶は3万人ほどいたが、数千人の行方がわかっていない、という説もある。多くの寺院が僧侶の不足により、閉鎖になっているという。未だ捕らえられていたり、還俗させられたりしているようであるが、その正確な数などはわかっていない。

政治的体制は、見る者の立ち位置によっても何が正しいか、というのは異なるだろう。私には何が正しくて間違っているのかはわからないし言うこともできない。
治安のよさは軍政が守ってきたものかもしれない。また、まがりなりにもそれなりの経済活動はできる。アフリカや一部の中東のようにテロが続き、無政府状態になっている国よりははるかにましだろう、という考えもある。
しかし、ささやかな精神的・物質的自由を望んだだけで、殺されたり投獄される国はまだあるのである。市井の人々が望んでいるのはイデオロギーではなく、ただ単に適正な価格で物を買ったり、家族が一緒に健康に暮らせることだけだと思うのだが。

この映画の原案、脚本を担当したヤン・クログスガードは日本の各紙のインタビューでこう語っていた。
「アジアに民主主義的な『価値』を輸出できる日本だからこそ、善悪を考え、どんな行動をとるべきか判断してほしい」
「日本人は人間を大事にすることを示してほしい」

個人がひとりでできることはそう多くはない。でもできることはゼロではない。1988年の時、インターネットはまだなかった。今はネットがある。今回、私は自分とビルマを結んだ縁とこの映画について書いてみることにした。アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にもノミネートされたが、オスカーはこの映画より「ザ・コーヴ」を選んだ。おそらく彼らにとってはミャンマーの人々よりイルカのほうが身近なのだろうと思う。このブログが何らかの解決につながるとはとても思えないけれども、記してみることには意味があるし何らかのもっと大きな力につながればと思う。政治的な善悪はともあれ、穏やかでフレンドリーだったビルマの人たちの幸福を願う。この9月から、第三国定住で日本はビルマの難民を90人受け入れるという(8/27 asahi.comの記事)。日本に来るということは彼らの真なる願いではないと思うが、それでも何かよい体験をされることを願う。

参考図書。

ビルマ仏教徒 民主化蜂起の背景と弾圧の記録―軍事政権下の非暴力抵抗― (世界人権問題叢書71)

守屋 友江 / 明石書店


# by frei-geist | 2010-08-31 09:43 | コラム
Burma, A Forgotten Country : 「ビルマVJ 消された革命」(1)



「ビルマVJ 消された革命」
を観た。
2007年8月、ミャンマー(ビルマ)で起きた、僧侶主導の反政府デモと、それに対する軍事政権の弾圧を記録したドキュメンタリーフィルム。

ミャンマー国内で、軍事独裁国家の苛烈な報道統制を掻い潜り、秘密裏にミャンマー国内の状況を記録し世界へ配信し続けるビデオジャーナリストたちの活動を、一部再現映像も交えてドキュメンタリー風に再構成している。主人公”ジョシュア”はノルウェーのオスロに本部を置く民主化支援メディア、<ビルマ民主の声>の配信を、仲間たちと命を賭して行っている。ビルマでは1988年に大規模な民主化運動が起きているが、この時も軍に弾圧された。今回19年ぶりに起こった、2007年の民主化を求めるデモとその弾圧についてのドキュメンタリーである。

2007年8月、政府が燃料価格を突然500%も引き上げた事をきっかけに、数千人にわたる僧侶たちが主導して各地でデモを開始した。僧侶たちは普段は寺院で自己研鑽のために厳しい修行をしている出家者たちであり、原則政治に介入はしないが、「民衆が苦しんでいるのであれば立ちあがる」とのことである。
映画にも描かれているが、デモにおいて、僧侶たちは政治的スローガンではなく、ただ政府に「和解を」と呼びかけ、托鉢用の鉢を伏せて抗議の意をあらわす「伏鉢」を高く掲げ、読経をしながら行進を続けた。数千人だった僧侶たちの数は、群衆も入れて数万人に増加した。
暴力も煽りもなく、行進をし続けただけの僧侶たちと人々に、軍は鎮圧のため銃口を向けた。フィルムには丸腰で歩く人々に、正面から水平射撃を行う兵士たちの姿がおさめられている。

日本人ジャーナリスト、長井健司さんが兵士の放った銃弾に倒れたのは記憶に新しいけれども、あれからもう3年も経つのか、という気もする。長井さんが倒れたまさにその瞬間もこのフィルムに収められている。それを撮っていたのもこの市井に潜伏するジャーナリストたちだった。

私は2005年にミャンマーに行ったことがある。
前年にひとりで行ったキューバで日本人の旅行者に会って、「どこかよかったところありますか?」と聞いたら、彼が「ミャンマーおすすめですよ。田舎すぎて悪い人がいない」と言ったのがきっかけだった。
悪い人がいない、それは行ってみたい。そんな安易な理由だけでミャンマーに行くことを決めた。

バンコクでヤンゴン・エアーに乗り換えて、着いたときもうヤンゴンは夜だった。
入国審査があると思ったら、高校の模擬店みたいな木枠がついた机があるばかりで、気が付いたら入国手続きもろくになく入国していた。迎えの人や観光業者が勝手に入国審査のゾーンを越えて入り込んで、呼び込みをしていた。
一応観光カウンターと思われる場所でタクシーを頼んだら、やたらに愛想のよいおじさんがやってきてウェルカムと叫びながら荷物を持って行った。やばいのかもしれないが引き返すのも難しいので乗り込んだら、会社で両替してくれるといい、レートを言った。確かミャンマーは銀行等のレートが極端に悪く、ほとんど闇両替だったような気がする。レートは悪くなかったので乗ることにした。彼らはヤンゴンの暗い夜をぼろい車を飛ばして市内に入り、ここがオフィスだと言って私を下ろした。建物に入ったら全く停電していて、真っ暗な中でろうそくをつけ、火の下で札を数えた。ろうそくの炎に揺らぐ初めての異国の人たちの顔はやや不気味だったが、両替額はきっちりあっていた。彼らはきちんと私をスーレー・パゴダ近くのホテルまで送ってくれた。



初めてのミャンマーは「巻きスカートと油とお寺の国」だった。
ミャンマーでは男性もロンジーという巻きスカートを履いている。あと市民のほとんどの足元靴ではなくはゴム草履が定番だった。走る時、ロンジーの結び目がほどけやすいので、前で結び目をもって小走りに走る姿がなんだかかわいかった。
食事は基本的においしいいのだが、なぜかどの料理も油が大量に使われていて、いつも油が数mmの層になっていた。それだけ大量の油を食べるのに、ミャンマーの人たちはみなやせていて、チョコレート色の肌のつやに油気を感じるだけである。顔立ちも隣国のタイヤベトナムとはちょっと違ってすっきりしていて、若い子はみなびっくりするほど美しかった。
ミャンマーはほんとうに敬虔な仏教国である。日本のお寺はお堂の中で祈るが、ミャンマーの寺院はパゴダと言って、屋外に仏塔が並んでいて、そこでお祈りをする。
パゴダは日本と違ってきらびやかな金色に塗られ、仏像も電飾で飾られている。仏は光り輝く存在、ということらしい。上座部仏教なので、僧侶たちは自分の悟りを得るために寺院で修行している出家者で、一切の金品は受け取らず托鉢のみで日々の修行を行う。在家の人々には僧侶は愛と尊敬を持って迎えられる存在である。人々はパゴダで朝に夕に座り、祈りを捧げる。それはほんとうに穏やかな、静かで心打たれる風景だった。


(つづく)
# by frei-geist | 2010-08-29 23:24 | コラム
The Boundaries of the Limitless

「樹木は育成することのない
無数の芽を生み、
根をはり、枝や葉を拡げて
個体と種の保存にはあまりあるほどの
養分を吸収する。
樹木は、この溢れんばかりの過剰を
使うことも、享受することもなく自然に還すが
動物はこの溢れる養分を、自由で
嬉々としたみずからの運動に使用する。
このように自然は、その初源からの生命の
無限の展開にむけての秩序を奏でている。
物質としての束縛を少しずつ断ちきり、
やがて自らの姿を自由に変えていくのである。」 フリードリッヒ・フォン・シラー

先日東横線が止まってしまったので、みなとみらいから桜木町まで歩きました。

クイーンズスクエアの地下から上層階を貫通する巨大な吹き抜けの壁に、ドイツの詩人・劇作家のフリードリッヒ・フォン・シラーの言葉が刻まれています。

できた当時から何度も目にしているのですが、ここを通る度に一通り読んでしまいます。そして読む度にある種の感動と、少しの違和感をいつも感じます。
日々大量消費と経済活動が行われるこの大きなビジネス・コンプレックスの建設にあたって、一見不釣り合いにも見える、自然のいとなみの本質を記述するシラーの言葉を、なぜこんなにも大きく掲示したのでしょうか?
ちょっと気になって調べてみたら、この作品はアメリカの現代美術の作家 Joseph Kosuth の作品でした。
Kosuthといえば私には「椅子の人」

" The Boundaries of the Limitless " 1997
材質 白色ネオン管、黒御影石
サイズ(HxW) 22mx14m 
*デンマーク王子アウグステンブルク公にあてた美学的なことに関する書簡第27号より一部を抜粋

*クイーンズスクエアのサイトより 
http://www.qsy.co.jp/htm/f_art.htm
「ジョゼフ・コスース: 1945年アメリカ生まれ、アメリカ在住。コンセプチュアルアート(概念芸術)の第一人者として世界的にも著名なアーティストです。今回は、ベートーヴェンの交響曲第9番の詩の作者として有名なフリードリヒ・シラーのテキストを引用して、現代が直面するエコロジカルな問題を、ネオン管と石を用いて巧みに表現しています」

自然はいつも大量に創造し、大量に生産しています。植物は無事芽吹くことができるよりはるかに膨大な種を実らせ、魚は成魚にまでならない卵を大量に生みます。しかし、自然は産み出したものをただのごみにすることはありません。余った種や卵は他の生物に食べられたり、分解されてまた養分になったりすることで、次の生命の滋養となります。
人間はその大量生産だけを真似ていますが、人間の創るものはいつも不完全で、使われなかったものはごみになってしまいます。リサイクルされて次のもののために使われるには長い年月がかかりすぎたり、大量のエネルギーを消費しなければならなかったりで、自然に比べてなんて効率が悪いのでしょうか。でも、時には、人間の創ったものが、人間や他の生命にとっても何らかの希望をもたらすこともあります。

個人的には、言葉も同じではないかと思います。日々の会話や、blogやtwitterなどネット上で、さまざまな言葉が大量に流れていきます。それらはきちんと読まれるものもあり、ななめにしか読まれないものもあります。しかし、読まれない言葉も、ただ通り過ぎるようでいて、私たちの無意識に何らかの印象を残していきます。美しくやさしい言葉はそういう印象を残すし、毒を含んだ言葉は少し私たちの内部に毒を残していきます。
そういうさまざまの印象が集まって、C.G.Jungの言う、いわゆる集合的無意識を作っていくのではないかなーと思います。私たちは言葉や行動によって、集合的無意識の創造を日々行っているのではないかなあと。そう思うと、せめて可能な範囲で、読まれずに流れたとしても、ごみにならずに滋養になるような言葉を使っていきたいように思います。と思いながらくだらないtweetをまたしてしまうわけですけど。

この大きな御影石に書かれた言葉は、まるで大量消費社会への警告のようです。でもそれを消費と経済のセンターである場所に皮肉のように大きく掲げることで、何らかの自戒と贖罪を込めているのかしら、と深読みしてしまいました。

「物質としての束縛を少しずつ断ちきり、
やがて自らの姿を自由に変えていくのである」
そのようにありたいと切に願います。

ドイツ語の原文は下に。

Der Baum treibt unzahlige Kieme,
die unentwickelt verderben und
screckt weit mehr Wurzeln, Zweige und Blatter
nach Nahrung aus als zu Erhaltung seines Individuums
und seiner Gattung verwendet werden.
Was er von seiner verschwenderischen Fulle
ungebraucht und ungenossen dem Elementarreich zuruckgiebt
das darf das Lebendige in frohlicher
Bewegung verschweigen. So giebt uns die Natur
schon in ihrem materiellen Reich ein
Vorspiel des Unbegrenzten und hebt
hier schon zum Teil die Fesseln auf deren sie sich
im Reich der Form ganz und gar entledigt

FRIEDRICH VON SCHILLER
# by frei-geist | 2010-08-28 18:08 | コラム
traffic goes on, as usual, unchanged.
小学5年のとき引っ越してから、転校したくなくて電車通学になったので、子どもの頃から電車やバスは乗りなれている。地下鉄で通うようになってまっさきに行ったのは、神保町の三省堂と銀座の山野楽器で、家にも学校の近くにもない本とレコードを買った。電車は、私の物質的、精神的な自由を大きく広げてくれた。
中学高校も電車通学だったので、一時期は地下鉄路線図はすべて頭に入っていた。路線図をみると都市の血管のようだ。止まればたちまちあちこちの臓器が虚血に陥るように、都市の活動が停滞する。制服できびきびと運行を守る駅員さんたちは好ましく見えた。

今もかけもちで仕事をしているので、やはり電車での移動が多い。昼の時間はほとんど移動している。

そんな移動好きな血のせいか、縁あって交通系の会社で相談をするようになった。
ややレアな職種の相談をやってみて気がついたのが、やはり交通はちょっとレアな職種だなーということだった。
まず、勤務の時間が、少なくとも現場ではシフト制なので、3勤1休とか、ちょっと特殊なリズムになっている。シフト制の職場は色々あると思うけれども、職員さんたちの多くはそれに慣れているので、普通に日勤のほうがしんどかったり、通勤ラッシュにあたるので大変だったりする。
また、チームワークがとても重要なので、仲間意識がとても強い。特に電車の場合、始発から運行を守るには、かなり助け合う必要がある。毎晩、泊まり込んで朝から互いに声をかけあっているのである。
私は最初、遅延した時などの乗客からのクレーム等で大変だろうな、それでうつになったりするのかな?と思っていたのだが、案外そういうことは今までほとんどなかった。クレームが多すぎて慣れるのかもしれないがそれにしても、「お客様対応」という言葉は職員さんたちの無意識レベルまでしみ込んでいるかのようで、乗客へはどのようなことがあっても最優先で対応する、ということは疑問なく体が動くようである。むしろずっと一緒に働く仲間うちでのトラブルのほうが、ずっと大きいストレス源になるようだ。

何よりも、交通系の職員の人の至上命題は、「安全に運行すること」と「ダイヤを維持すること」だ。
つまり、「何事もなく変わらない」ことが彼らにとって最善なことなのである。何か不測の事態が起きれば、それを最善の努力を尽くして元に戻すことが、彼らの職業上の倫理なのである。
日本の鉄道のダイヤは世界一正確だとよく言われる。パリに行ったとき目撃して驚いたのは、地下鉄の運転台に何人か運転士の友達みたいな人が乗ってふざけあっていて、運転士が台に足をのせて片手で運転していたことだった。まず日本ならありえない(パリでもありえないことなのかもしれないけど)。日本の鉄道は、運転台が見えること(外国ではプライバシーを理由に目隠しのカーテンが引かれているところが多いらしい)と、職員の人がきちんと制服を着て指差し確認などをしている姿が、「職業意識が高く好ましい」と世界の鉄道ファンにも人気、と何かで読んだことがある。
もう15年も経つけれども、地下鉄サリン事件の時の営団地下鉄の職員の方々の文字通りの献身を思い出す。今も時々、「アンダーグラウンド」を読み返したりもする。

これだけ変化が要求される世の中で、「変わらない」ということにこれだけ努力している人たちがいて、その上で自分たちの生活が守られているのだなーということに何となく感銘を受ける。
もちろん接客だって過去よりずっと丁寧になったし、自動改札になったりSUICAが導入されたり、時代の変化に合わせて否応なく変わっていっている部分もある。しかし、機械のように世界一正確な日本のダイヤは、泊り込んだ職員さんたちが朝互いをきちんと起こしてみそ汁をつくったり、といったアナログな努力によって始発から保たれているのである。その結果として、私たちは今日も普通に仕事に行ったり遊びに行ったりできるのである。

というわけで今日も電車が動いていることに感謝いたします☆



# by frei-geist | 2010-08-24 01:16 | コラム
Sky high, over us. - 6 Aug


今日も夏の空は青くて眩しかった。

65年前の今日、広島の空で光った光はどんな風にその空を灼き尽くしたのだろう。今朝降り立った駅で朝 8時15分に胸騒ぎがした。今年は初めてアメリカの駐日大使と国連事務総長、英仏の代表が平和祈念式典に出席したとのことだが、なぜ65回目の今年なのだろう。その意味ってどのようなものなのだろうか。

2年ほど前の新聞で、太平洋戦争のときに家族を空襲で失った市民のグループが、空襲を行ったB29のパイロットに話を聞く機会を設けた、という記事を読んだことがある。空襲の被害に遭った女性からの聞き書きだった。記憶だけれども、こんなような内容だった。
アメリカからやってきた元パイロットは、思ったのと違って、優しい青い目をした人だった。自分とあまり年が変わらなかった。彼もまた、あの時少年を少し脱した程度の若者だったろうと思われた。彼はB29に乗って飛び立った日の状況を、淡々と語り出した。あの日のことが思い浮かんで、何の気なしにこう言った。
「あなたはあの日、あの空の上にいて、私たちは、空の下にいたのですね」
その途端、今まで穏やかに話していた彼は急に泣き崩れて、それ以上話を続けられなくなってしまったのです。

空襲の日、同じ空の上と下で、人々は分かれて出会った。地上から上を見上げた「私たち」と、空から下を見下ろした「彼ら」の視線は、根拠のあいまいな憎しみとおそれとともに、空の途中で出会った。
いや、たぶん出会ったようでいて、ほんとうは出会っていなかったのだろう。ほんとうに出会っていたら、こんなことにはならなかったのだと思う。
空を自在に飛べる技術があったとしても、自由とは限らない。

出会っているようでいて、ほんとうは出会わないまま通り過ぎることがなんて多いのだろう。
運命や縁が絶えず私たちの出会いをつなぐけれども、私たちは目を伏せたまま出会ったふりをして通り過ぎる。

一時期色々な年齢層、社会的階層、文化圏の人たちに出会って対応し続けることに疲れて、なるべく人と出会わないように仕事も減らして引きこもろうとしたことがあった。しかし人生はそれを許してくれないようで、遠慮なく次々にまた縁がやってきた。
そして今も否応なく出会い続けている。戸惑いながらも、出会ってしまうと相互作用が起こり、化学反応のように連鎖していく。違う人々と出会う中で、写し鏡のように、知らなかった自分の部分とも引き合わされ、また互いの間に何かが生まれていく。縁は織物のようだ。

空を見ながら、私たちは違う場所で違う時間の中にいても、同じ空を見ることができる、ということを思い出す。

子どもの頃、空を眺めながら感じた、自由への憧れと渇望感はたぶん今もあまり変わっていない。自分で肯定できるほど、自由だとはまだ思えない。
けれどどうせ否応なしに出会い、関係が生まれ続けるのであれば、生まれた場所や育った環境や今いる状況や人種や文化やさまざまな属性と制限とを超えて、人々と、「質」の中で、ほんとうに出会いたいと、切に願う。
同じ空を見ているなら、そこに何か善きものをともに描いて織りなしていきたいと、思う。そして、まだか弱い芽こちら。だけれども、美しい花を咲かせるような何かが今、発芽しているのも感じている。

と、今日も昼に夜に空を見上げて、そんなことを思ったりもする。たわいもない夏の日でした。
明日よりスイスのDornachに行ってきます。場所はこちら。
# by frei-geist | 2010-08-06 21:21 | ひとりごと
宿命と運命と destiny, fate, and life
どうして精神科医になったの?とたぶん今まで数十回は聞かれている。

で、そのたびに違う答えを答えている。
答えがひとつじゃないということもあるけれど、おそらくほんとうの理由が言語化できないからなのではないかと思う。

とりあえず「学生時代の実習で、カルテが一番面白かったから」という理由を答えている。
内科のカルテには大まかな病歴とデータしかないけれど、精神科の患者さんの(特に昔のドクターが書いた)カルテには、その人の人生の記録があった。その人がどこで生まれて、どのように育って、いつどのように病気になったのか、どのように回復してきているのか、ということが逐一書いてあって、まるで物語のようだった。分厚いカルテを、本のページを繰るように、時に心を痛めながら読んだ。

人によっては数十年も入院していることもある。精神科病棟の淀んだ空気の中で、今はちょっとした話すらままならないけれども、その人にもかつては学校に行って友人とはしゃいだり、働いてお給料をもらったり、恋をしたり、という普通の生活があった、ということに何だかしみじみ感じいった。
ごく普通の人生が、どの時点で何をきっかけに変わっていくのか?そしてその後どのようにその運命に対処することができるのか?それに医療者ははたして少しでもできることがあるのか?を、この10年漠然とだけれどずっと考えてきたような気がする。

精神科は大変でしょう、と言われるが、実際は患者さんとして来る人たちは、とてもやさしい人たちである。普通の人が考えるよりもたぶんずっとやさしい。羽のように傷つきやすくて、ただただやさしい。
それでも2回くらい煮詰まって足を洗おうと思い、内科や他の科も回った期間もあるが、精神科の人たちのほうがずっと繊細で医療者にも優しいので、結局戻ってきた。だいたい精神科に来ようという人は自分の精神がおかしいのかも、と思うくらいの人たちなので、ある意味すごく謙虚な人たちである。私のほうがむしろ気づかわれ、励まされたりもする。
とはいえ答えがないものだけに、相談されても答えられることのほうが少なくて、悩むことがもちろん多い。でも医療が生物学的生命だけでなく「人生」といやおうなしに接点を持ってしまう以上、本質的にそういうものだと思っている。

以前確か占い師の人から、「運命と宿命の違いは、宿命は宿るもので、変えられない。どの地でどの親のもとにいつ生まれて育つかが宿命。これは自分では選べない。でもそれ以降の運命は自分で運ぶもの。だから、変えてゆくことができるんです」という言葉を聞いた。
何かこの言葉にいたく感動して、ふとしたときに思い出すことがある。宿命と運命の違いに注意を払わないと、変えられないものを変えようとして、変えられるものを変えられないと思いこむ可能性がある。

私のキャリアの方向性が大きく変わったのは、確実にアルコール依存症の治療にかかわってから。
根はやさしい、情にもろい人たちが、物質依存を契機にまったく崩壊していき、完全に崩壊した中から意外な人が復活していく。薬も精神療法もほとんど効果はなくて、心から自分は変わった、と言った人があっという間にスリップしていく中で、医師としてなにがしかの自尊心を保つのはなかなか大変だった。私は3年しかもたなかったけど、依存症にかかわり続けている先生たちはスゴイと心から思う。
私がかかわった人でほんとうに回復できたのは、幼少時にひどく虐待されていて、スリップし続けてこの人はもうダメだな、と思った人だった。彼はある意味、宿命を運命で克服したのだと思う。「なぜ断酒できたんだと思う?」とあるとき聞いたら、「なんで酒をやめられたのか、俺にもわからないねえ~(^o^)でもコーラで焼き肉でも結構うまいよ!」と絵文字入りのメールが来た。

精神科を選ぶ医師は軽く病んでいる、というのが私の仮説。自分の要素の中に引き合う部分がないと選ばないと思う。生物としての生死にかかわる部分は少ないが、社会的な「生死」(というと大げさすぎるけれども)にはかかわっている。
それは実はすごく境界のあいまいな領域で、心は体と違ってちょっとしたことで大きく病みもすれば、何でもないことで急に回復したりもする。現在のその人の心身の動きがどの方向に向かおうとしているのか、よくよく気をつけて観察する必要があって、ちょっと押してみたり、ちょっと引いてみたり、最適な関係性を常につなぎなおすよう心がけている。そのためには、ある時には薬が必要なこともあり、あるときには休養、あるときには医療に失望されることがかえって力になったりもする。診察室はいわば孵卵器みたいなもので、そういう繊細な関係性の中で、その人に自分の運命を運ぶ力が生まれでてきたらいいなと思う。(それでも自分のちょっとしたコンディションの違いでせっかく築いたものがふっとんだりする。汗。あとやっぱり時間が足りない、とは感じる。これはもう仕方ないけれど)。

医師になったのも精神科を選んだのも私の宿命ではなくて運命で、いやおうなしになったのではなくてやっぱり自分で選んだといえる。
だから基本的に自分も宿命を運命で克服し続けたいと思っている。患者さんたちに比べたらまったく楽々な人生をぬくぬく送っているので、その姿勢くらいは保ち続けようとしなければ、もっと大きな障害を克服しようとしている人たちにとって、なにがしかの力になれないように思う。言葉だけならきれいごとになってしまうので、行動しつづけていくしかないし、行動できていなければそのフリだけでもし続けたい。これは意地で。

# by frei-geist | 2010-08-04 09:19 | ひとりごと
なつのかおり。 Lost in summer's odour
日本の夏は独特の匂いがすると思う。
草の青臭い匂いと花のような香りが重たい湿度の中に混ざって、ちょっと特異な甘い芳香がこもる。足元からからみついてくるように立ちのぼる、独特の質量があるように思う。
初夏のあたりで少し香りだして、梅雨の中頃から雨の上がったときにはその香りが強くなってきて、ああまた夏が来そうだな、と思うと梅雨が明ける。

数年前の夏にアムステルダムに行ったときに、コンセルトヘボウで夜のコンサートのリハーサルを昼に行っていて、昼のリハには誰でも無料で入れてくれた。確かヤンソンスの指揮のドビュッシーの曲だったと思うのだけど、ホールのすみっこの良くない席で聴いていたのに、音がものすごく軽く広がって空間を響きで何重にも満たすような音がしたので、軽く驚いた覚えがある。

その年の夏は日本に帰ってきてまたクラシックのコンサートに行く機会があった。その時は席が2階席の上のほうだったのだけど、音がステージのレベルで重たくとどまっていて、上まで上がってこない。下のほうでこもって聞こえる気がした。ヨーロッパで聴いた音との違いにちょっと驚いた。

ホールや演目や演奏者など色々なファクターはあるのだと思うが、一番は音を運ぶ空気がまったく違うように感じた。私はクラシック音楽のことは全くわからないけれど、フィンランドで聴いたコンサートも、本当に音が光のように空間を上に昇っていくような感じがして、響きだけで感動した。湿度が低いせいなのかな?と思ったのだけど、これほど違うと、質的にまったく別のもののように思えた。クラシックってやっぱりヨーロッパのものなんだなーとなぜか感心した。ヨーロッパで聴いた音のほうが、格段に美しかった。

でもヨーロッパの夏の空気は軽くきらめいていて美しすぎて、かえって近づきがたいような感じがした。
どちらが好きかと言われると、日本のこの湿って重くて混沌として、暑くて気を失いそうな夏の空気のほうが好きだ。自分が生まれて育って、馴染んで生きている場所だからだろうけれど。
子どもの頃は、この混沌とした夏の香りを「未来の匂い」だと思っていた。混沌の中にあらゆる可能性があって、その中から自分に呼びかけてくる「運命」があって、「鼻を澄ませて」間違わずに嗅ぎ分ければ自分は正しい道に行けるのだとなぜか信じていた。この未来への扉は秘密の花園のように夏の一瞬だけ開いて、秋の気配が来るとぱたっと閉じる、と思っていたので、夏のうちに鍵を見つけないと、といつもなぜかすごく焦っていた。

なのでもうそんなファンタジーを持つべきではなくなった今でも、夏が来ると、何となく息を深く吸い込んで、匂いをかいでしまう。朝の香り、日中の香り、夜は夜の香り、その違いの中に、自分に呼びかけているものがあるんじゃないか、とまだ思ってしまう。自分は今までそれを正しく受けとれてきたのだろうか、と未だに焦れている。そんな妄想で、今日もまた寝不足。


# by frei-geist | 2010-08-03 23:58 | ひとりごと
Listen to your own inner voice, as Steve said.
ここのところの暑さのせいか、眠れないのが板についてしまったので、ブログ更新。

自分の中の声を聴くというのはなかなか難しい作業であるなーと、最近あらためて思ったりします。
人の話を聴くことについては、以前より少しはまともにになってきたなあと、自分では思っているのですが(でもそれは本当にここ1-2か月の話で、前はひどかったです・・・反省)、自分のほうが案外難しい。
自分の中の声は、自分の色々な不安や勝手な願望やエゴが入ってきたりするので、「望み」ひとつとっても、不安やエゴや自己防衛が動機づけているものなのか、それともそれらと関係なく本質的なところから来るものなのか、それをやってみて痛い目にあってみないとなかなかわかりません。

人生は痛みや苦しみに取り組むことでバージョンアップしていくものではあるけれど、できたらなるべく痛くなくしたい、というのも本音ではあります。

で、自分の中の声がわからなくなったとき、痛みの意味がわからなくなったときに、そんなときにあらためて観てみる、Steve Jobsのスピーチ。2005年のStanford大学の卒業式でのものです。
翻訳はこのサイトから引用。たくさんコピペしてしまってすみません。
スティーブ・ジョブズの感動スピーチ(翻訳)
http://sago.livedoor.biz/archives/50251034.html


これから3つの話をします。たった3つです。と彼は始めます。

1.点と点をつなぐ(connecting the dots)

生まれたとき養子に出された話と、大学の中退を決断したときの話。
中退したあと、Steveはもう必修は出なくていい、好きなクラスにもぐりこむと決め、カリグラフィのクラスに入ります。一見無駄とも思えるこの選択が、あとでAppleの洗練されたフォントの開発につながったという話。

「もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。」

2.愛と喪失について(love and loss)

Steveは20歳から始めたAppleを30歳で一度クビになっています(利益を追求した経営陣がSteveのやり方は合理的でないと考えたからです。)
しかしこの5年の期間に彼はpixerを立ち上げ、自分のクリエイションをもう一度再開します。それはひとえに自分のやっていることが好きだったからできたのだと。

「その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。」

「私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。」

3.死について(About death)

17歳のときから「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」という問いかけを毎日してきた、という話と、すい臓がんと診断されたときの話。

「自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。」

「君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。」

この部分を彼はこう締めます。

「君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。」

最後に彼が締めくくった言葉。

Stay hungry, stay foolish.

彼のスピーチは失うこと、捨てることがどれほど次の豊饒さを生むか、を示しています。でもそこでくじけないために、自分のやっていることが本当に好きである必要があると。
そして一見関係ない、無駄に思えることでもつなげていくことでそれが次の創造につながっていくということを示しています。この一見無関係なことをつなげること、挫折を次の創造に変えていく力が、「自分」とか「自己」の真のはたらきなんじゃないかと思います。そのためには自分の中のinner voiceに耳を傾け続けること。ドグマからはfoolishに見え続けるとしても。

以下、翻訳つきyoutube。





原文はこちら
# by frei-geist | 2010-07-22 06:03 | コラム
モテキに見る、確かさへの不安。
「モテキ」全4巻読了。
16日からテレ東でドラマも始まりました~。森山未来がナチュラルボーン藤本幸世ですw

漫画は、藤本幸世(29歳・男子・派遣社員。非モテ)にいきなり人生初の「モテ期」が訪れ、3人+1の女子たちとの間で奮闘する話。
藤本は厳密には非モテであっても非コミュではないので(現に色々なとこから遊びの声がかかる)私としては、ほんとうに「非モテ・非コミュ」の人の恋愛なり非コミュ脱出の過程を読んでみたい、とは思うのですが(そういう意味では電車男のほうが多少のリアリティはあったかな)、それでも藤本の「痛い」自己意識は、けっこう現代的なテーマな気がします。

しかし、モテキ、なかなか深いです。
出てくる女子がまず「肉食積極系(亜紀)」「草食さっぱり系(いつか)」「小悪魔振り回し系(夏樹)」「ヤンキー面倒見系(尚子)」タイプが網羅されてる。こういう女子、いるよね~!と読んでて笑えます。

また、小さい言葉から誤解と妄想が広がっていくあたりとかもありがちな心理。
全部俺が悪いんだあー、とか。「え・・・こん位で鎖国すんの?」(by亜紀)
漫画家のオム先生から、亜紀にプロポーズした、と聞いて(本当はしていない)、本人に確かめもせずに「幸せにな!」といい顔して逃げてしまうあたりとか。

でもって深読み。この漫画の裏テーマは、「確かさ」と「関係性」、「自己意識」だと思いました。

「本当に俺のことが好きなの?」「私が好きなの?」と登場人物は連呼します。
でもそう叫ぶ彼らも、「じゃああなたは私が好きなの?」と返されると「うっ」となる。自分の中でも相手を好きかどうかはっきりしないんですよね。自分の中ではっきりしないから相手に明確な気持ちを示してほしい。「投影」ですな。
「あなたが私を本当に好きなら、わたしもあなたを好きになります」という。

でもそもそも「本当にあなたが好き」っていう事態が存在するのかどうか?
存在するとしたら、それはどういう状態なのか?というのは考えてみると面白いです。
そして、それは恋愛が始まったばかりの状態でありうるのかどうか?

モテキの登場人物たちは、「この関係が確かなものなら、私は踏み出そう」と言います。それが確かかどうか知ろうとして、試行錯誤します(その結果「やっぱ無理」だったりする。笑)
痛いほど確かなものを、求めている。その不安もよくわかる。

でも、そもそも「確かな関係から始まる関係」というもの自体が存在するのかどうか。
踏み出してみなければ、どんなものになるのかわからないのではないかしら。そこが恋愛や人間関係や、縁の面白いところであって、もちろん大変なところでもある。

「関係性」というのは、ほんとうは刻一刻動いています。
もしいつも固定した関係というのがあったらそれは病んでいる、と以前、講義でいわれたことがあるけど、本当にそうだと思う。(「わたし作る人、僕食べる人」か。例が古。)
助けられる人がまた助ける側に回ったり、助ける側だった人も、あるときには助けてもらったりする。それが自由に入れ替われるとき、それは健全な関係といえるのかも。

「自分自身」もずっと同じではないです。「本当に俺が好きなの?!」と言っても、その俺自体が日々変わっていっている。
自分自身も常に変わっていっているし、他人もまた変わっていっている。その出会いの中でまた何かが変わっていく。人に会うことで、自分自身の中から知らなかった部分があらわれてきたりもする。化学反応ですよね。出会わなければ、ぶつかってみなければ、変容は起きない。

「本当の私」なんて、4巻で夏樹が言うように、ないのかもしれない。みんなの頭の中に違う「私」がいて、それは100人いれば100通りで、それぞれ正しいも間違ってるもない。違う印象で思われても、それはその人が思ったことであって「責任とれないわ」by 夏樹。
だいたい恋愛は、幻想から始まることが多いわけで、だから恋愛の蜜月は長くサバイバルしないことが多いけれど、幻想がなければそもそも関係性が始まらないともいえる。

誤解や幻想から関係が始まっても、相手のこころを探りながら、離れたり近づいてみたり、理解しようとと必死になったり、うまくいったりいかなかったりしながら、自分も出会う人も変化して発展していく、それが因や縁ていうものなのかな、と思います。

ひとは、「変わらない」確かさを求めます。それもとても重要だと思います。
でも「確かじゃないと踏み出せない」という不安を、最近至るところで見ます。銀行だって「絶対返せるんですね」という場合にしか貸してくれない。
診察室でも同じことが起こっていて、「この薬は確実に安全で効くんですね?それなら飲みます」というようなことをおっしゃる方が時々います。(もちろん苦しい中で初めて飲むお薬であれば、そういう気持ちを持って当然と思います。)
ただ「正直、飲んでみないとわかりません。もし効かないとか、かえって具合が悪ければやめてかまいませんよ」と言うと、「それが自分でわかるか、わからないから不安なんです」と言われたりします。
「正しい判断」ができるか不安なんですよね。意外と自分自身のことが一番、わからないものですし。

「確かさ」というのは、ほんとうは人に保証してもらうものじゃなくて、たぶん自分の中から出てくるものなんだと思います。「変わらない」確かさもあれば、「いつでも変われる」柔軟な確かさもある。その両方を自分自身の中につくっていくことが、人生での勉強なのかもね。私自身もまだまだです。

お、話が広がりすぎてしまいました。
作者久保ミツロウさんのラストのコメント、「私は幸世が誰かに必要とされなくても他人と関わっていく力を持ち始める事が大事だと思うので、その姿まで描けてよかったです」がいいなあと思いました。

個人的には、幸世が「ああああ消えてしまいたい死にたい死にたい死にたい死にたい・・・」と連呼したあと、「よし、死にたいも10回言えば4回あたりから言葉が形骸化するな」というのがツボでした~。これ、実際にアクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)というのにあるメソッドです。(熊野宏昭先生の本に出てきた)

というわけでモテキ、なかなかおすすめです(ちょっと痛めだけど)。

モテキ (1) (イブニングKC)

久保 ミツロウ / 講談社

# by frei-geist | 2010-07-20 11:10 | コラム
ムハマド・ユヌス語録:ムハマド・ユヌス氏fromグラミン銀行講演会(2)
前エントリから続き。

ユヌス氏はとても面白い人でした。
講演会の壇上には大きなフラワーアレンジメントがあったのですが、「こんな美しい花があると、みな私じゃなくてこちらをみるでしょうね。ここにひとつの"競争 competition"があるわけです。そして私は確実に負けますね!」のつかみ。講演中も終始にこやかに語りかけ、ジョークもまじえます。熱が伝わってくる感じ。

それで、言葉がキャッチ―!この方はコピーライターとしても相当成功したと思われます。
以下ユヌス語録。

「医師がいけないなら、テクノロジーやスキルや情報が代わりに彼らの家にいけばよいのです」
「職のない若者には、自分を"job seeker(職探し人)"ではなく"job giver(仕事やります人)"だと言いなさい、と言っています」
「グラミンの仕事は、いつもongoing challenge(前向きなチャレンジ)をするということです」
「新しいことをやろうとすれば、必ず拒否と緊張(tension)がおきます。いつも同じです。でも、忍耐(patience)をもって説明するのです」
「(女性に貸そうとしたところ、女性側から、お金を貸されても使い方がわからない、困る、と言われて)これは彼女たち自身の声じゃない、歴史が言わせている声なのです(not the voices of them, but the voices of history)」
「グラミンの業績にパテントはありません。すべてオープンです」

私が個人的にしびれたのは、
「ビジネスマンは、どれだけたくさんのお金を稼いだかで成功が評価されます。ソーシャルビジネスマンは、どれだけたくさんの問題を解いたかで成功が評価されます」

です。そうか、まずお金を稼がないとできないと思ってたけど、問題を解決すれば人(+お金)はついてくるかもね。

私がユヌスさんからソーシャルビジネスに関して学んだこと(以下は私のまとめなのでユヌス語録ではありません)。

(1)インフラがなくても、いきなり最新テクをやっちゃえ!

電気も水道もない村に携帯電話?という発想を逆転。むしろ携帯電話で人と情報をつなげてしまったことで、インフラを呼び寄せる。確かにとりあえず発電機と中継塔があればいいですもんね。インフラ整備はお金がかかるから、必要だけどあとでもいい。

(2)まず小さくはじめよう。あとは繰り返して大きくしよう。

当たり前ですが、その通り。らせん上昇ですね。

(3)新しいことは必ず拒否や緊張を生む。忍耐をもって説明しよう!

これも当たり前だけど、そこで挫折せず、説明説明。

(4)普及のために、最低限をカバーするコストでやってみよう。

ソーシャルビジネスは最低限のコストで行うべし。普及が目的だから。でも最低限のコストはカバーすべし。施しではなく、人々の自立が目的だから。

(5)問題を解決すれば、ブランド化する。あとは、それをまわすだけのお金はついてくるよ。

問題を解決していくと、力ができてある意味「ブランド」になる。それに貢献したい人たちがついてくるから、お金もなんとかなる。

・・・ま、私の解釈が正しいかはともかく、ほんとに力をくれたユヌスさんに感謝です~!参考にします!
活躍につれ、色々と批判も出てきているグラミングループですが、私には彼の価値観は一貫して「問題解決」であり、揺らがないであろうと感じられました。暖かくてハッピーな講演でした。
ウォームなハートとクールな頭、両方をはたらかせてあげなければね。
# by frei-geist | 2010-07-14 13:46 | コラム
ムハマド・ユヌス氏fromグラミン銀行講演会(1)
昨晩、グラミン銀行総裁、ムハマド・ユヌス氏の講演会@国立国際医療センターに行ってまいりました~。
2006年のノーベル平和賞受賞者。

以下メモ。(私の聞き間違いが多く含まれているかも。行った方ご指摘を)
グラミン銀行@バングラデシュといえば貧しい人に小口の融資(数ドル)をするマイクロクレジットで有名なわけですが、融資先は今97%が女性なんだそうです。今800万人が借りているそう。
初め男性に貸していた。男性に貸さないわけじゃないが、女性はそれまでお金をまったく借りることができなかったので、女性をメインにした。半々になるのに6年かかった。
女性に貸すと子どもたちの衛生や成長のためにそれが使われるので、男性に貸すより多くの改善ができるそうです(「男は全部自分のために使っちゃうのですよ」とユヌス氏)。ので、男性に貸す場合は妻に渡すのが前提らしい。
グラミン銀行は、「今までの銀行は、お金がある人に貸す。それはおかしい。グラミンは、最初の1ドルが借りられない人に貸す」という考えのもと、ユヌス氏により1974年に創設されました。
グラミン銀行は借り手により所有されているという考えで、「1.5ドルを借りればグラミンの一オーナーです」とのこと。

貧しい人は踏み倒すと思われていた融資ですが、女性に貸すこと、グループに融資することを前提にしたところちゃんと返済されてくる。
バングラデシュでうまくいったので、マレーシアでもやってみた。うまくいったが、「イスラムだからだ」と言われた。そこでフィリピンにいったが、そこでもうまくいった。今度は「アジアだからだろう」と言われた。そこでアメリカのアーカンソー(けっこう貧しいらしい)から招かれて、そこでもやったらうまくいっている。今はワシントン、ニューヨークでも始めました、と笑うユヌス氏。「批判者はいつでも理由や説明を探しているのですよ」。

医療に関しては素人ですが、と前置きしたうえで、今までやった医療関係の仕事。

1)鳥目プロジェクト
貧しい農村の子は、夜に目が見えない。ビタミンAの欠乏からである。専門家はビタミンAを与えるか、緑黄色野菜を摂取させる必要があるとのこと。そこで、緑黄色野菜の栽培をを選んだ。村人の自立のためになるからである。
はじめに1ペニーで種のセットを売った。コストをカバーする最低の額である。それで村人は野菜を作り始めた。それはうまくいき、バングラデシュ中に広がった。子どもたちの目もよくなった。今度は種が足りなくなったが、村人が作った野菜から次の種がとれるようになり、今は彼らから種を買っている。

2)衛生プログラム
バングラデシュでは衛生環境の悪さからの寄生虫と最近感染症が問題。
寄生虫は、トイレがなくそこらへんで排せつをすることが一つの要因。なので、「グラミンで借りたい人は、村でトイレの穴を掘ること、を規約にしました」(^^)
また、飲み水が悪いこと、そこからくるコレラも大きな問題。コレラでは脱水が起こる。ので、下痢のときの脱水防止の飲料のつくりかた(塩とか重曹とかかな)をグラミン銀行の手帳の裏に絵で示した(字が読めない人が多いから)。
飲み水の改善や、子どもたちの栄養改善のために週2カップのヨーグルトを配給、ということもしているとのこと。

3)医療保険
最低限のコストを計算して、年に2.5ドルで家族全員をカバーする医療保険を創設した。一部の村から、クリニックを作って試行してみた。
ただこれはうまくいってなくて、医師に高い給料を払ったが、数カ月するとみんなやめてしまう。医師はあまり村にはいたくないようです。そこでユヌス氏の発想転換。「医師がいなくてもすむ医療システムをつくればいいのではないか」
グラミンと言えばグラミンフォンでもあります。1997年電気のインフラも不十分な最貧国バングラデシュでいきなりスタートした携帯電話会社グラミンフォンは、今では全土で5700万人のユーザーがいるとのこと。
これはまだ企画の段階のようですが、iPhoneやiPadがあるじゃないか!と総裁。「私たちの仕事は貧しい人にどこかに来させるのではなく、彼らのいるところにスキルを届けることです。医師がいかないなら、技術やスキルやテクノロジーが彼らのもとにいけばいい」と。遠隔での診療システムを検討中とのことでした。

4)看護師養成
「バングラデシュでは医師3人につき看護師が1人しかいません。普通逆でしょ?」とユヌス氏。足りないんだそうです。それで、貧しい農村の女の子たちを教育して、看護師にするプログラムをやっているんだそうです。年に100人ペースだそうですが、増やしていきたいとのことでした。
海外でも賛同する大学があらわれて、今ではグラスゴーカレドニア大学(UK), マクギル大学(カナダ)、エミリー大学、ペンシルバニア大学など10つの学校で彼女たちを受け入れているとのこと。
「貧しい農村で、うちの娘が看護師になって、海外で働いているんだ、というのはすごく励ましになるのですよ。ほかの少女たちも、私もやれるかも、と思って憧れたりするのです。それが力になっていく」とユヌス氏。

5)企業との連携
鉤虫が問題なので、今アディダスと貧しい人でも買える安い靴(1足1ドル程度)を開発中とのこと。履き心地をためしてください!とユヌス氏。ドイツの会社とカヤの開発もしている。
今回、ユニクロとも安い冬用の服を開発するらしい。今日プレスに出ますよ、とのこと。冬の寒さで人々が死なないように。(今回の来日の理由はユニクロとのコラボかも?もう出てました↓)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2010071402000063.html

つづきますよ~。
# by frei-geist | 2010-07-14 12:16 | コラム
内発的動機は引き出せるのか?
前エントリからの関連。

他の人の「内発的動機」、つまり「やる気」を引き出すことは可能なのだろうか、という問いをずっと考えていたのですが、一応自分なりのまとめ。

短くいうと、

「引き出す」ことは不可能。
ただし、「おぜん立て」は可能。

たぶん、種と同じと考えてみればよいかと。
種が芽を出すタイミングは、種と宇宙の力が決める。まいた人ではない。種をおだてたり、無理やりせきたてたりしても芽を出させることはできない。
ただ、まいた人は、水をやったり、温度を整えたりして元気な芽が育つよう、おぜんだてをすることができる。
その結果、その果実を皆が受け取ることはできる。

近年いろいろな「他人のモチベーションを動かす法」みたいな本やメソッドが出ているわけですが、どうも今一つ?な気がして。
かといって、「じゃ、芽を出すのは君の仕事だから。俺にできること特にないから」と放置するのではなくて、「耕しておくから、いいと思うタイミングで芽を出してね」と「おぜん立て」に徹して待つ、ということはできるかも。

ま、この適切なおぜん立てが難しいところで。だいたい、水やりすぎたり、変な薬や肥料を変なタイミングでまいたりしてだめにしちゃいがちなんですよね。
やることやって、待つのってむずかしい。「人事を尽くして天命を待つ」っていい言葉があるんですけどね。人事を尽くさないで天命を待っちゃうか、人事でどれをやるかわからなくなっちゃったり、天命の領域までやりたがっちゃうか、になったり。

他の人よりある意味もっと難しいのは、自分自身かもしれません。
これも自分で動いて「おぜん立て」するしかないんでしょうね~。生まれた環境は選べないのは同じでも、植物とちがって人間は動けるわけだしね。
とりあえずやってみて失敗しながら修正、でしょうかね。

Alcoholics Anonymus のニーバーのお祈りから。

God, grant me the serenity
to accept the things I cannot change,
the courage to change the things I can,
and the wisdom to know the difference. 

神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを
変えられるものは変えていく勇気を
そして、二つのものを見分けるかしこさを 

(色々バージョンはあるけど、この訳がけっこう語呂的にも好きです)
# by frei-geist | 2010-07-10 13:14 | コラム
【書評】創造性のOS:モチベーション3.0
エキサイトブログに広告が入るようになってしまった。
前はデザインが好きでしたが、どうも最近デザインはパンチがないわねえー。
でもかといって移転先も今ひとつみつからないので、このまま行きます。

モチベーション3.0読みました。
なかなか面白かったです。

「やる気に関する驚きの科学」
http://www.aoky.net/articles/daniel_pink/dan_pink_on_motivation.htm

をふくらませた感じです。基本路線はこのサイトの内容と同じ。

人間の(行動の)動機をOSのバージョンにたとえています。
そのOSとは、

〈モチベーション1.0〉…生存することを目的としていた人類最初のOS 。 食欲&性欲・危険回避。

〈モチベーション2.0〉…報酬をもとめ、罰を避けるという外発的動機づけによるOS。アメとムチ。
ルーチンワーク中心の時代には有効。21世紀に入り、ソフトが複雑化したためか、よくクラッシュ。

〈モチベーション3.0〉…内発的動機づけによるOS。内面からの「やる気」「遊び」「自律性」に基づく。柔軟性が高く、複雑な問題をよりクリエイティブに解決し、自己発展していく。

この本で衝撃的なのは、
「複雑な問題、もしくは創造性の必要な課題をおこなうとき、報酬を示されていると、報酬がないときに比べ、処理時間が遅くなり、クオリティが落ちる」
ことが数々の実験で示されていくところでしょうか。子どもでも大人でも、アメリカでもインドでも同じような実験で同じような結果が出る。

報酬ありのグループが勝ったのは、単純作業の場合だけだった。
また、報酬を示された側は短期的にはがんばるのですが、報酬をなくすととたんにやる気をなくし、成績も下がった。報酬を出すと「遊び」が「仕事」になってしまった。
そして報酬を出し続け、上げ続けないとやらなくなってしまう(これって依存症のメカニズムだ)。

つまり「85点以上とったら、これを買ってあげる」は、基本ダメな動機づけってことになりますね(^^)
まあ普通に考えてもそうなりそうですけど。

自分のことを考えても、報酬でやる仕事だと「う~仕事だからやるか~」なダウナーなモードになりがちです・・・お金に関係なく自分でやろうと決めたタイミングでやることのほうが確かに勢いでやれるし、疲れない(←これが重要かも)。

短期的な報酬をはじめから追うくせがつくと、長期的にはダメになる。
なくそう、四半期決算と成果主義(笑)

会社のような組織において、個人個人の内発的動機づけからいきいき動けるようにして、なおかつ全体の調和がとれて発展していく、という動きを起こすには少なくとも優れたリーダーか、指揮者がいりますね。

そんな会社の例であがってたもの。
社長が旅行から帰ってきたら知らないうちにオフィスが2回移転してた。しかも前より小さくなってた、というのは笑える。「わたしはこれを誇りに思っている」だそうです。

奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ

リカルド・セムラー / 総合法令出版



もちろんではクリエイティブな仕事はいつも無報酬でやるべきだというわけではありません。それこそ内発的動機の妨げになるので。
でも普段から自分の中の内発的動機というものに気をつけていれば、報酬の有無にかかわらず自分の創造性が花開くタイミングがわかると思います。

あと、他人の自律性を信頼する、ということもとても大事ですね。私もつい不安から先を読んでコントロールしたくなるほうなので、きちんと流れを見ていつつも、落ち着いたかまえで待つ、という姿勢も重要だと思いました。

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか

ダニエル・ピンク / 講談社


# by frei-geist | 2010-07-10 12:22 | 書評
やっぱりそうか!な驚きの科学。
なんとなくそうな気がしていたけど、やっぱりそうか!な事実。

「やる気に関する驚きの科学」
http://www.aoky.net/articles/daniel_pink/dan_pink_on_motivation.htm

「タスクが機械的にできるものである限りは、報酬は期待通りに機能し、報酬が大きいほどパフォーマンスが良くなった。しかし認知能力が多少とも要求されるタスクになると、より大きな報酬はより低い成績をもたらした」

すなわち、単純な労働に関しては、報酬が上がるとやる気と成果が上がる。
知的でクリエイティブな作業に関しては、報酬が上がるとやる気と成果が下がる。

報酬や、それに伴う責任感とかのほうに頭が行っちゃうと、クリエイティブな能力の発揮は減るというわけです。成果主義うまくいかないはずです。

この本も読まなくてはね。

see also ; http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51477887.html

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか

ダニエル・ピンク / 講談社





# by frei-geist | 2010-07-04 23:39 | ひとりごと
治療としての「体験」
デザイン・イノベーションという本を読みました。アップル黎明期、およびアップルストアのあの白(スノーホワイト)のコンセプトをプロデュースしたfrog designのハルトムット・エスリンガーが書いた本。
デザインに興味がなくても、今までに世界にないようなクリエーションを行いたい、と思う人は必読の一冊。デザインて、本当に理想を現実に具現化するためのゲートなんだと思いました。何か新しいもの、今までなかったコンセプトを世界にもたらしたかったら、色々な意味でのデザイナーをパートナーにお願いするべきだと思いました。

で、この中に頻繁に出てくる言葉が「カスタマーエクスペリエンス」。アップルの成功は、製品として性能の高さもですが、製品を使うことで得られる「体験」が革新的だったということによると。企業はこの「体験」をいかに産み出せるかということが、生き残りのための差別化をわけるという意見です。

確かに。アップルに触ったことがほとんどない私も、iphone, ipadはだいぶ欲しい・・・

これを病院に置き換えてみたらどうだろうかと。

病院に行ったら、美しい色彩の壁とファブリック、壁の絵がやわらかな調和の中で迎えてくれる。静かで、時々は音楽も聴けて、お医者さんが疲れた顔でなく、静かな笑顔で話を聞いてくれたら。看護師さんが、痛くない針で注射してくれて、いい香りのアロマオイルで笑顔でマッサージや湿布をしてくれたら。窓の外の森や農場を見て、自然とのつながりを本当に再び感じられたら。
そこでは、本当に苦しいのだと素直に言ってもよくて、その苦痛が和らげられるケアがなされたあとに、再び自分で歩けるための力を回復するためのサポートをしてくれる、本当にそう思える経験ができたら、どうでしょうか?
治療というより、そこでの体験が本当に、癒されるものであったら何かが変わるかもしれません。

実はそういうサービスを行っている病院は私の知る限りいくつかあります。内装がきれいで、アロマトリートメントが受けられたりするわけですが、それらが、うーん、ただのサービスに終わっている場合が多いんですよね。本当の治療「体験」になっていないぞ!と思うことしばしば。

何せ医療機関で一番重要なことは、スタッフ間の理解と理想の共有なのですが、それが一番難しい!

でも「体験」を提供する場を近い将来につくりたいなあと思っています。3年後くらいかしら。私一人では絶対に無理なので、未来に向けて今から広報広報。どんなものになるかわからないけど、従来なかったコラボができそうで、楽しみです。




デザインイノベーション デザイン戦略の次の一手

ハルトムット・エスリンガー / 翔泳社

# by frei-geist | 2010-06-17 09:11 | コラム
twitterはじめました
twitterはじめました。
http://twitter.com/tsukaplove

少し前からアカウントはあったのですが、なんとなくつぶやきをさらすのもだいぶ恥ずかしく。でも基本的に世間でやっているものは一度はやってみる主義。ちょっとがんばってつぶやいてみたいと思います。
よろしければフォローしてみてください。しょうもない日常と行動ですが(^^;)
フォローミーの方、コメント欄にIDを入れてくださるかまたはツイッターからどうぞ。
# by frei-geist | 2010-06-17 00:04 | ひとりごと
Newtonの時空特集が面白い
祝!はやぶさ帰還。でも苦労に苦労を重ね地球に戻ってきて、「はやぶさは流れ星になったよ・・・」というのはあまりにも日本的ですねー。「よたかの星」を思い出しました。

ところでNewton7月号の時空特集が面白い。
まったく素人の私でも楽しく読めました。

しかし、本当に時空は伸び縮みしてるんですねえ。速度を持って運動していると。もちろん光速に近くならないとほとんどまったく影響はないわけだけど、歩いたり走ったりしてるだけでも少しは時間が縮んだりしているのかと思うと、心がはずみます。
私たちはひとりひとりほんのわずかに違う時空にいるのかも。
そしたらいったい、どの時空で出会っているのか?

私がいつも時空のことを考えるときに思うのは「ボールが止まって見えた」というやつと「離人症」です。

野球選手とかがいう、あの「ボールが止まって見えた」とか、交通事故とかで「すごくゆっくりコマ送りのように感じた」のは、どういう意識状態なんでしょうかね?
楽しいときはすぐ過ぎますよね。苦しいことは長く続くように思える。でも、集中しているときは、時間がすぐ過ぎることも、ゆっくり過ぎることもある。

「離人症」は精神科の症状ですが、「自分の精神過程または身体から遊離して、あたかも自分が外部の傍観者であるかのように感じている持続的または反復的な体験」です。これのある人がみな口をそろえていうのは、「映画をみているようだ」というもので。
これも特殊な意識状態だと思うのですが、自分のいる時空が周囲とずれているように感じる、っていう印象をもってます。

私は子供のころからいつも周囲とずれてるような気がしてたけど、これは時空のずれだったのか。納得。(たぶん違う)。妄想はこれまでにして。

けなげなはやぶさもちょっと載ってます。おすすめ。

Newton (ニュートン) 2010年 07月号 [雑誌]

ニュートンプレス

# by frei-geist | 2010-06-16 23:53
認知行動療法は日本人には今ひとつかも?な理由
ブログ放置していたら迷惑コメントが山のように・・・その中に普通に誠実なコメントをくださっていたみなさま、ありがとうございました。埋もれさせてすみません・・・

さて、生まれてこのかた日本から3週以上出たことのない私も、なぜかこの2ヶ月ほど少しだけヨーロッパのドクター(主にドイツ人とイギリス人)と接する機会があり、彼らから言われたのは「なぜ日本では認知行動療法がさかんでないの??こんなに有効なのに」でした。

彼らに言い訳したのは
・ 時間当たりの患者数が多い(私の外来は1時間10人。それが埋まっている)
・ 日本では精神療法にはほとんど時間に見合った保険がカバーされないのである
(文化的な背景だろう。話を聞くのは家族や友人がすべきことだろう、という)
というようなことなのですが、よく考えると、それだけじゃなく。

卒後4-5年目くらいのとき、頑張ってワークシートを使って認知療法(行動療法は必ずしも含んでない)をやってた時期があるのですが、患者さまたちが乗ってこないことこの上なし!
一人30分以上はかけていたと思いますが、「先生にこれだけつきあってもらった」という感謝の念だけが残り、それによって関係はまあまあよくなったものの、患者さんたちの気持ちも行動もほとんど変化しなかったように思います。

もちろん私のスキルが大変プアーだったことが一番大きいのですが、それ以上に、患者さんたちから言われたのは、
「頭ではわかるんですけど・・・気持ちや体がついていかない」
でした。

認知行動療法は、「考え方を変えれば気持ちが変わる」という前提に基づいていますので、考え方のくせを日記やワークシートを使ってみていきます。これ自体はとても意味のある作業です。
が、それを知った次の段階、「違う考え方を出してみる」がなかなかうまくいかなかった気がします。たとえば「私は不幸だ」という信念があったら、そこからなかなか違う見方を出してみることができないのです。

「腑に落ちる」「腹を割る」とか「むかつく」というように日本語には感情的な動きを表すのに「腹」や「腑」という言葉がよく出てくるのですが、「頭では前向きに考えればいいとわかっても、ハラが納得しない」という感じです。

対して、お国差と個人差はあるものの、ヨーロッパの人は、頭で納得すると、結構すぐ気持ちが変わる気がします。
だから一度言ったことも、よく変わります(そんなこと言ったっけ。今は違うよ、事情変わったし、みたいな。あっさり。だから契約書が大事なのではないだろうか・・・?)。合理的でないことに気づくと、結構気持ちも行動もあっさり変えやすいような気が。
日本人のほうが、今現在の合理性より、前いったこととの整合性、一貫性を大事にする気がします。だからなかなか変われないように思います。

先日、イギリスの思春期の患者さんの面接ビデオを見せてもらったのですが、これがよくしゃべる。
なぜこんなに自分の気持ちを言語化できるんだろう、と感心します。まずこれだけしゃべれれば、CBTへの導入はそんなに大変じゃないかも。
でも日本人の子だったらどうだろう。こんなにしゃべれない気がする。「別に」とか言って。
日本人は、ヨーロッパの人に比べれば、感情を無意識の中に押し込める傾向があります。それが「ハラ」に行って、「むかつい」たりする。ハラはアタマでは納得しません。あくまでも「腑に落ちる」必要があります。

だから、私は日本人には、むしろ「認知」より「行動」からアプローチしたほうがいいんじゃないかと思っています。「認知行動療法」より「行動認知療法」にしたらいいのではないかな?
森田療法なんかは、欧米人にはJapanese mystery!とか言われてしまいそうですが、葛藤はひとまずわきにおいて行動を変えてみよう、したら気持ちが変わるよ、という森田療法は日本人に合ったやりかたなのではないかと。

日本で薬物療法が主体なのも、考え方より直接物質的なからだ(=ハラ。本当は脳だけど)に働きかけるからではないかと思っています。だからある意味有効なのかも(今は乱用されすぎているとは思いますが)。

うーん、日本人に合ったプログラム、考えているんですけど、なかなか普通の臨床で実用にできるものにならないですねー。

以上、あくまで私見なので、反論大歓迎です。どなたか「日本人にもやっぱり認知行動療法は有効だよ!」という経験をお持ちの方、ぜひ教えてくださいませ。

# by frei-geist | 2010-06-15 11:34 | コラム
東京ファンタジー(1)翔ぶタクシー!
ちょっと前の、昨年末の話です。以前に書こうと思って書きかけになってました。

年末のとある接待のあと。タクシーに乗りました。
お先にどうぞといわれ、何気なく最前列のタクシーを選択。
見ると「個人」のボンボリ。こういう場で個人タクシーに乗ることは少ないのですが、めずらしいなっと思って乗りました。

運転手さんは年の頃70がらみのおじいさん。
行き先をつげて、丸の内から皇居の前の内堀通りを走り始めました。

「お姉さんね、ちょっと変わったタクシーに乗ってしまいましたね」とおじいさん。
「はっ?」と聞くと、「ちょっと変わってるんですよ。私、普段は都内を走っていないんです。たまにしか働かないもんでね。」
いきなりの告白。前置きナシ(笑)どう返せばいいのか不明なので「はあ、そうなんですか」と聞いていると、
「普段はね、メーカーさんで都内の本社に出張してくる方とかから、迎えにきてくれ、って予約が入ってるもんで」とおっしゃる。

なんとご指名タクシー?遠方から?このおじいさんに?わざわざ?とアタマを?が駆け巡ります。

「このタクシーはね、普通のタクシーが4台くらい買えちゃうんですよ」
とまたおっしゃる。
「お姉さん、何か気付きませんか?」とおっしゃる。

実はなんとなく気づいていました。なぜかというと、私はタクシーでとても酔いやすく(特に飲酒後)、タクシー代が出るときでも電車で帰っていたりしていました。タクシーの運転手さんてとばしますよね。あの揺れが非常に苦手なんです。
がこのタクシー、まったく加速減速時に前後に倒れる感じがないんです。カーブを曲がっても、まったく遠心力を感じずに、むしろふっと浮き上がる。減速時にも前に沈み込むんじゃなくて、むしろふっと浮くんです。
アルコールがまわったからだにも、快適快適。

「このタクシー、揺れないですね。音も小さいし」と私。
「そうなんですよー。これはね、日本でも最高のエンジニアが数人で改造してるんです。みんなもう引退して70代だけどね。マツダにつとめてたやつとかでね。でもこんなの買えないんですよ。だってみんな趣味でかかわったからね。とても売りに出せるような技術じゃないんです」
「メーカーの人たちも、この車で帰りたいといって予約いれてくださるから。トヨタとかマツダから、この車をみせてくださいといってくる人もいるんですよ」
と誇らしげに語るおじいさん。

「へー、そうなんですか。私は首都高のカーブが苦手なんですけど、これなら大丈夫そうです」と持ち上げてみたところ、
「のってみます?」とすかさず首都高に入られてしまいました(^^;)

「ちょっと遊んでみますねー。回転計みててくださいよ」とおじいさん。
いきなりぐわーと100ウン十キロまで急加速。しかし、回転数は2000くらいのままなのです。
加速するといつも「ひょえーやめてくれー」と思う私ですが、タクシーはすぅーと浮かぶようにすべりだし、全然加速の感覚がありません。

「どうです、変でしょう?」と得意げなおじいさんドライバー。
首都高の夜景の中を、タクシーはほんとにホバークラフトが飛ぶように、走っていきます。からだがまったく揺れません。あの加速や減速で臓器が絞られるような苦しさが全然ありません。宇宙船に乗っているかのように、滑るように夜景の光が流れていきます。

「私は生まれてこのかた向島に住んでるんですよ。向島から一度も出たことないんです」とおじいさんは語ります。
「私は生まれは本所でしたねー。でもそれからは松戸とか浦安とか色々転々です」と私は返しました。

高速を降りて、家につく前、なんとなく降りるのが残念なような気もしつつ、「次の角で曲がってください」と言いました。
おじいさんは「じゃ、また最後に遊んでみますね」
急にハンドルを切り、車はぎゅるるんとほぼ直角に曲がりました!がやはりほぼ遠心力の感覚ナシ。

「ありがとうございました。ご縁があったらまた」とおじいさんドライバーは去って行きました。

あれは何だったのか?
もしかしたらおじいさんの語ったことは全くの「ホラ」なのかもしれません。私はホラにのせられて、酔わないように感じただけなのかも?車にうとい私にはわかりません。あるいはこの日タクシーに乗ったと思ったことが、実は幻だったのかも?
もしかして私はタクシーに乗るたび感じていた酔いとか苦しさ自体が、思い込みだったのかなと思いました。
でも、その後長距離のタクシーに乗るたびに、思い出したようにやっぱり臓器は苦しく、そのたびに1晩だけその苦しさがまったくなかったあの夜の乗車を思い出します。

嘘かまことか?検証されたい方は向島の立田タクシーを探してみてください。
ご縁があれば、都内にいるそうです(^^)

# by frei-geist | 2010-03-14 21:12 | コラム
人生を変えたかったら石浜神社に行け


タイトルで煽ってみましたが、石浜神社。かなりマイナーです。
南千住から徒歩15分、隅田川にかかる白髭橋のたもとにあります。
マイナーかつまだ2回しか行ってませんが、今のところ俺的パワースポットNo1。

南千住駅南口から泪橋交差点に出て、ひたすら明治通りを隅田川方面に歩きます。
正直、ここは東京一カジュアルな山谷地区。
簡易宿泊所の並ぶ道沿いを歩いていてほんとうにここでいいのかという気になってきますが、川に向かっていればあっています。
川のほとりに小さいながらちゃんと神社な感じのお社が見えてきます。
そして隣は東京ガスのガスタンク!伊勢風のお社とガスタンクの並ぶ光景は、シュール度満点。

http://www.ishihamajinja.jp/

ご祭神は、由緒正しく伊勢の二神。上の公式ウェブサイトより引用。

天照大御神(あまてらすおおみかみ):
<天(あめ)の下(した)すべての根源をなし、天地四方を照らす太陽神で、わが国ご祖神としてまつられ、この世と万物の秩序安泰をお守りくださいます(伊勢の内宮のご祭神)。>

豊受姫神(とようけひめのかみ):
<天の下のすべてに必要な作物・食物を産み出され、お守り下さる神としてまつられます(伊勢の外宮のご祭神)。>

です。

そしてご由緒は・・・
「当社は、聖武天皇の神亀元年(724)9月11日、勅願によって鎮座され、以来1280年余の歴史を持っています。」

えー!!本当かよ!と思わず疑ってしまう質素さ・・・(失礼)

でもひとたび境内に入ると、なぜかそこで異界への扉を開けたかのようなすがすがしさがあります。
外界がカジュアルでも、ここは不思議に神域なんだなということがわかります。

昨年12月に初めて行って、先々週また訪ねたのですが、行くたびに確実に流れが変わった!と実感できています。
私の場合は、自分にとって新たな課題が与えられたと思ったときに行きます。
そうするとちょっとそのあと過去の清算的流れがきますが、それも浄化と思って受けとめると、次の軌道に確実にステップアップするようです。

ので癒し系というよりは、飛躍をさせてくれる感じの印象をもってます。
つらいときに行くと、ちょっとそのあとの清算がきつく感じるかもしれません・・・わかりませんけど^^;
でもお近くの方はぜひ。下のカフェバッハとセットで訪ねてほしい超下町的パワースポット。

今回、帰りに平賀源内先生のお墓を発見。



平賀源内といえば、エレキテルに薬学博士兼科学者兼浄瑠璃作家、江戸の奇人変人スーパースターなのに、こんなカジュアルに明治通りの歩道に埋葬されてていいの?と思ってしまいましたが、お墓自体は一本入ったお寺の元敷地にあるようでした。ホッ。

石浜神社に行ったあとは、南千住のコーヒーの名店カフェ・バッハにぜひ訪れていただきたいです。
2000年の沖縄サミットの晩餐で出されたバッハブレンドをぜひ。
店内に入ると、若い店員さんたちがきびきびと丁寧に接客してくれます。お客は地元の人たちで賑わってます。
味の好みを伝えると、色々おすすめを教えてくれます。コーヒーだけでなく、ケーキも美味しい。コーヒーの入れ方も何でも教えてもらえます。ここで教えてもらったやり方で淹れたら確かにおいしかった。

あるいは入谷まで足を延ばせたら、Iriya Plus Cafeもおすすめ。ハミングバードパンケーキが激ウマ!このためだけに来たりしてます。私はこの日は両方ハシゴしちゃいました。
このへんもなんだか活気が出つつあります。元常磐線下町住民としてはうれしいかぎり。



# by frei-geist | 2010-03-13 22:15 | 俺的パワースポット
ひとは自分でつくった物語にしばられる

病院などで仕事をしていて、最近とみに思うことがあります。

それは、「物語の力」です。

病院に来る人たちはそれぞれ思い悩み、問題をかかえていらっしゃいます。
それはとても個人的な「物語」です。
同じ病気に分類されても、誰一人、同じ悩みの人はいません。
うつ病の人が100人いれば100人がまったく違う病気といっても過言ではありません。

どの「物語」も、興味深く、生きることの困難さや人間関係の奥深さ、運命の不思議にあふれています。
しかし、実はこれらは、いわば「ばらばらの出来事を、自分で結びなおして、編んだ物語」です。
パッチワークキルトに似てますね。出来事はパッチワークの切れ端で、それを結び合わせたのは実は自分自身なんです。

パッチワークの切れ端は、お気に入りの美しいものもあれば、なんだかまだ使うの?みたいな色あせたものもあるし、どこにおいたらいいの?みたいな半端なものもあります。
でもそれらを織り合わせていくことで、もう一度、美しい布に生まれ変わります。

人生の出来事も同じようなものじゃないかと思います。
もう忘れたい、捨てたいような出来事も、その色やかたちをもう一度見直して、縫いこむ位置を選べば、また美しく輝きだすかもしれない。
どうしてもいらなかったら捨ててもいい。でもどれもこれも気に入らないと全部捨ててしまったら、キルト自体ができないですよね。

人間の性質として、ほんとうに苦しいこと、理解できないこと、つらいことに出会うと、「意味を見出そう」とします。
「なぜ私はこのような目にあわなければならないのか?」と考えます。

考えた末に、多くの人が出す結論は、「自分に非があったから。至らないところがあったから」というものです。
大多数の前向きな人は、「反省して、もっと頑張ろう。悪かった点は変えていこう」と思います。
しかし自分を責めがちな人は、「自分はひどくだめな人間だ。だから罰が下ったのだ。自分には価値がない」と落ち込んでしまいます。

もっと自分を責める人は、どうなるかというと・・・なんと、「被害妄想」になります。
自分を責めて責めて、必死になんとかしようとがんばります。しかし、努力の限界を超えているのに、なお自分を責めつづけると、やがて受けとめきれなくなります。
「何で私はこんなに努力しているのに、こんなに苦しみが続くの?」と思い続けて、心が崩れてしまうと、ある点で攻撃の対象がひっくり返り、「私がこんなに苦しいのは、ほかの誰かがわざとやっているせいに違いない」という物語を作り出します。
他人を攻撃するというイメージの強い被害妄想ですが、実は始めの段階では、誰よりも強く自分を責める心があります。

しかし、自分でそういう「犠牲者の物語」を書いてしまうと、そこから抜け出るのはものすごく難しいのです。
「自分の手持ちのパッチワークの布は、きたないものばかりだ。だから美しいキルトは作れない」と思ってしまうと、本当に作れないのです。
それらの布をもう一度偏見をもたずに眺めて、うまく並べなおせば、美しいキルトができるのに、いったんそう思ってしまうとそのことに気づかなくなってしまいます。

どの人生の物語も、悲劇であってもとても味わい深く美しいものです。
ただ、人生の物語をいったん自分で書いてしまうと、その物語はある意味「レール」となって、そこから外れるのが難しくなってしまいます。

もし自分の今までの物語が不幸に満ちているのであれば、「自分の書いた物語が自分をしばる」ということを思うとよいかもしれません。
物語は、書きなおすことができます。パッチワークは、ほどいて並べ直すことができます。じっと眺めていれば、自然に一番自分が気に入る並べ方が思いつくでしょう。

「ほどいて、眺めて、並べ直す」過程におつきあいするのが援助者の役割だと思っています。
でも援助者が「こんな柄がいいよ!これにしなよ!」と強制することはよくありません。そうすると、それは自分色のパッチワークじゃなくなるからです。そうすると、キルトができても満足感がありません。
この中でも一番大事な過程が「眺める」ことにおつきあいすることです。というのは、眺めるときにたいてい「あちゃー」と思ってしまい、くじけそうになるからです。「いや、あちゃーでもありませんよ」と違う見方を提案してみるのが、援助者のお仕事かなと思います。

なんにせよ物語は力があります。物語はひとをしばりもしますが、逆に解放もします。勇気づける物語は何よりもひとを動かします。村上春樹が「冷たく高い壁である『システム』に対抗する力を個人に与えたくて、物語を書くのです」ということをエルサレム賞のスピーチで言ってましたが、物語はそのための力に確かになります。

大河ドラマが次週からSFになったっていいし、ヨン様が明日からお笑い芸人になったっていいと思います。
他人はそれを「突飛」だとか「ありえない」とか言うかもしれませんが、人生に決まった筋書きはないし、クドカンドラマみたいに自由に面白くなるかも!
自分の書いた物語から一度出てみる、それを眺め直してみると、考えつかなかった展開がうまれてくるかもしれません。


# by frei-geist | 2009-12-12 18:38 | コラム
食材でつくろう!葛根湯
このところばたばたしておりまして、超久々のブログ更新です。

新型インフルエンザが猛威をふるっていますね。
私は幸いまだかかっていません(と思うのですが、9月に一度あやしい寒気があった・・・でも熱がぼかんと出てはないのでちがうとおもいます)。

葛根湯はカゼ症状を出すウィルスによる熱全般に使えるのですが、一応初期の目安は、寒気と首から背中にかけてのコリといわれてます。
今日寒さがきついなー、疲れたなーもんでほしい・・・と感じる日は私の場合もうカゼの前触れなので、葛根湯を早めに飲むこともあります(湯にとかして空腹時がポイント。何が何でも湯でとかすべし)。
葛根湯は比較的おいしい漢方なので、飲むのもつらくありません。
あたためたリンゴジュースにとけば、子どもにも好評!(のハズ)

9月にセミナーで谷美智士先生から聞いた食品による葛根湯の代用レシピをお教えします。
まだやってないのですが、効きそう!!

<食材で代用!葛根湯>

葛根→ くず粉
麻黄→ 青ネギ
桂皮→ シナモン
芍薬→ ゴボウ
大棗→ なつめ
生姜→ しょうが
甘草→ リコリスor ステビア

ゴボウと青ネギ以外はホンモノですから、ちゃんと効くと思われます。

ただ調理法はおっしゃってなかったんですよね・・・
切るかすりおろすかして適当に煮て、最後にくず粉をとけばよろしいかと(本当かっ!?)
ちゃんといったん煮立たせてくださいね。

なつめは中華食材屋さんで手に入りますが、リコリスは??
ヨーロッパのお土産でしかもらったことがないです。まずい飴。かなりまずい。
DHCの甘草サプリの中身を割るという手もありか。
ステビアなら手に入るかな。でもたぶんなくても大丈夫です。麻黄が青ネギなので(笑)

すごくあたたまりそう!よかったら作ってみてくださいませ。
カゼひきかけのときに役立つかもしれません。
今度つくってみてアップします・・・

# by frei-geist | 2009-11-23 21:25 | 漢方・裏ワザ
ものごとは、らせんですすむ
今日、ボスと話していたら、「ホメオパシーで治療していた患者さんが、不安になった周囲の人に勧められて、ステロイドと抗生物質をたくさん使う先生のところにいっちゃった・・・」とぼやいていらっしゃいました。

「先生、過渡期は決意を試されるんですよ。ちゃんと天には届いていますよ」と返した私。
「わかってるんだけどねー。でも迷ったりするんだよね」

でも。実はものごとはらせん状にすすみます。
たとえば、ねじ。ねじにらせんが切ってあるのは、まっすぐに進めるためには、回転させないとまっすぐ入らないためです。
あと、鉄砲の弾。銃弾にも実はらせんが切ってあるそうです。これも、まっすぐとばすためには、実は回転をかけないといけないためです。

だから、まっすぐ寄り道をせずに進むのが最短、というのは実は幻想で、一見ぐるぐる回り道をしながら進んでいくように見える道が実は最短だったりします。
回転して進めば、多少の障害はつきぬけていくことができます。回転しないでただまっすぐ障害にぶつかると、自分の勢いではねかえされてしまいます。

という話をしたら「癒された~」とボス。
ま、こじつけではあるわけですが(^^)でも、これは本当なんです。

# by frei-geist | 2009-09-07 23:47 | コラム
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